これまでの日記 プロフィール

 

2019年6  June 2019

6月21日 金曜日

 早朝から少し仕事を進めた。職場に行ってから必要な印刷を半分くらい終わらせた。午後には出張だったが、もう今週は職場に来る必要がないと思ったら気が楽だった。出張先では慣れないことをさせられて激しく恥をかいた。

6月20日 木曜日

 昨日に引き続き調子が悪かった。仕事自体は問題なかったが、もう続ける気も無くなったので定時で帰宅した。薬局に寄って薬などを買い、帰宅後は1時間くらいかけて夕食を作った。仕事の目処だけ立てて就寝した。

6月19日 水曜日

 風邪はまだ本調子ではなく、夕方には耳が塞がったようになって気持ちが悪かった。それで仕事は早々に切り上げて帰宅した。家で仕事をしようと思ったが無理だった。

6月18日 火曜日

 振替休日。深夜からまた喉が痛み出し、うがいをすると痛みは和らいだ。痰が出るし、時々咳も出る。午前中は少しだけ仕事をした。昼には車で出かけた。栗駒山麓は宮城県側でも意外と近い。世界谷地の駐車場に車を停めて、木道をぐるっと回ってきた。ニッコウキスゲとワタスゲの群生を見ることができた。

6月17日 月曜日

 振替休日。喉の痛みに痰が重なり、症状は順調に移行している。風は強いが空は晴れており、湿度がなくて秋のようだった。仕事は山積しているが、何一つ手をつけることなく時間が経った。昼には水沢まで車を走らせて、産直の食堂で昼食をとった。平日は人が少ないのでゆっくりと歩くことができて良い。

 ラプターズが初優勝ということで、トロントは盛り上がっているようだ。市庁舎前の広場での式典の様子をネット上で見ることができた。

6月16日 日曜日

 昨日と同様の日程で1日を過ごした。これまでの成果を発揮することができたので、一つの目標は達成できた。これからあと一か月をどうやって過ごしたら良いか。あまり疲れないようにして支えていけると良い。風邪を引いてしまったようで夜中に喉が痛かった。うがいをしたらだいぶ和らいだが、それでも声が枯れ気味だ。幸い夜にはいつもつきものの宴会がなく、早めに帰宅することができた。一つの解放感。

6月15日 土曜日

 仕事の土日。あいにくの悪天候だが、幸い室内なので影響はない。日程がずれ込むことはないから、月曜火曜には問題なく休むことができる。それが報酬と言っていいかもしれない。遠足や修学旅行で事前の準備が大切だというのと同様に、全ての仕事は事前こそが仕事だ。その連続がまた仕事の本質である。だからやるべきことは全てやる。もちろん物理的な制約があるが、その制約の中で可能なことを広げる工夫もまた必要だ。決して無理をしない。仕事なぞ健康を害してまでやることではないから。

 前の日にはとか直前の一週間でとか、そんな近視眼的な発想はもたず、何ができればとか何さえなければとか、そんな運を天に任せるような気まぐれな思考もしない。謙虚な気持ちを常に持ち続けられると良い。目標到達には困難が伴うのであり、結果がついてくれば素直に感謝せずにはいられない。今日は途中で心拍が激しくなって目の前がくらくらし、これは倒れるかもという一瞬があった。気をつけよう。

6月14日 金曜日

 11年前のこの日に、この地域は岩手・宮城内陸地震に見舞われたのであった。それで、今朝は地震の発生時刻に合わせて全市を挙げて避難訓練を行った。少し前からシェイクアウトという言葉がにわかに聞かれるようになり、何日か前に、見るからに翻訳調の説明文書が配布になった。当時は盛岡にいて、移動途中の車の中だったために地震に気づかなかったのだが、目的地に到着すると人々が口々に大きな揺れだったことを話していたのを思い出す。

 12日はブロック塀が倒れて多くの死傷者を出した宮城県沖地震があった日だ。あれから41年が経った。この地震に関しては話しても誰もピンとこない。同僚の多くはまだ生まれてさえいなかったのだ。災害の記憶はどうしても風化する。考えてみればあれすらも東日本大震災に続く一連の大きな流れの中にあったのだ。

 世代は変わるので記憶が風化するのは避けられないが、訓練を日常化したり、新しい習慣を作ったりすることは可能なはずだ。むしろ、新たな災害に面した時の考え方や動き方を、教育の力によって身につけさせることが必要なのだろう。

6月13日 木曜日

 朝からドタバタと動き回って、わけがわからないままに夕方になり、そこからまた少し体を動かして働いて、就寝中に足が攣って、それがまた夜中に三度もだったりすると、疲れというよりは嫌気がさして、ようやく眠りについたと思えば、外はすでに薄明るくなっている。痛みは我慢をするとじき収まる。しかし、我慢すれどもなかなかおさまらないこともある。

6月12日 水曜日

 休憩時間などなく朝から晩まで働き詰めで、しかも緊急の用件が昼にも夕方にも入ってきて、まともな神経ではやっていられないくらいになっても、それがこの職業だからということで、ということで、30年続けてきた。この30年というのは、なかなかインパクトがあるなと自分では感じているけれど、他人にとってはどうでもいい時間なのだろう。人一人の一生の価値は、どんな仕事をしてきたかとは全く関連がない。

6月11日 火曜日

 相談して解決するような悩み事なんて、悩み事とは言わない。捨てることなしに溜め込もうとするから、許容量を超えてしまうのだ。相手が荷物を肩代わりしてくれることはない。抱えきれないくらいに荷物が増えたら、全部手放すのがいいよ。

6月10日 月曜日

 これまで費やしてきた時間を無駄だったとは思いたくないが、これからも同様に費やしていくとすればそれは無駄なことかもしれない。楽しかったと思うとすれば、それは現実を見ずにいたからで、知るべきことを知ればもうまともではいられない。こんな国にはもう安心して暮らせない。憂国の徒は国を愛するからこそ憂うのだろうけれど、今のこの国は愛そうにも愛せない。

6月 9日 日曜日

 晴れたので無性にどこかに出かけたくなった。それで一人車を走らせた。山の駐車場には車がたくさん停まっており、登山客や温泉の客がそれほど訪れていることを示していた。硫黄の匂いも漂って、活発な火山活動が続いていることを感じさせられた。今この瞬間に大地震が起きて車が土砂に押し流されてもおかしくないだろう。先日は危ないので行かないと言っていた道なのに、今日はある種の賭けのつもりで臨んだ。

6月 8日 土曜日

 早朝出勤して1時間ほどパソコン内や机上の整理をしてから、通常の仕事に入った。12時には終わったので、すぐさま退勤して、道すがら清庵で蕎麦を食べて帰った。テレビでは「なんでも鑑定団」が放送されていた。番組としてはよくできていると感心するけれど、コマーシャルを見るとその下劣さに驚く。日本ってこんな国だったろうかと本気で思う。帰ってから2時間ほど昼寝して、散歩に出かけた。

6月 7日 金曜日

 面白くもない一週間があとちょっとで終わる。打ち合わせで確認した時間に確認した場所で待機していたが、見事にというか、案の定裏切られた。それは約束を破るということ。相手との信頼を自らぶち壊したということ。信頼を築けない人間が何を偉そうなことを言っても意味がない。しかもそれに対して謝るでもなく流そうとするその態度が本質を晒している、と思った。そんな泡のような怒りのつぶつぶが浮かんでは消えしながら毎日が過ぎていく。右を向いても左を向いても、そのような人間が多くてやりきれない。今年度もようやく二カ月が経過したところ。まだ十か月ある。自分はそんな世代のお守りじゃない。新しい未来そのものをつくり出す仕事に専念したいのだ。

6月 6日 木曜日

 遊びこそ勉強ということをどこかに置き忘れたまま小学校時代を過ごした子供達が、すごろくトーキングで異常に盛り上がる。こういうさもないことにさえ、かける時間がなかったのかと悲しくなる。あるいは、そういう認識が一人の指導者にも備わっていなかったという不幸か。だとすればかれらと自分との出会いにはその不幸を少しでも和らげる意味があっただろうか。

6月 5日 水曜日

 様々な人がいることが面白いのだが、目的を一つにしているはずの集団の中にあって、こうも価値観がばらばらだと、もう面白いなどとは言っていられない。高校時代にいつもトイレの前で見張りをしていて、イヌと呼ばれてた人がいたな。自分もどこか彼と似たところがあるだろうか。とにかく誰かと誰かの間に取り入って衝撃を和らげる。昔のコントで肉襦袢というのがあったが、毎日それを着ては体当たりをしているような毎日だ。

6月 4日 火曜日

 「む」と「し」はわかるが「ば」はどこから来るのという冗談に誰も笑う者はなかった。最近は聞かないと思っていた「虫歯予防デー」という日があったのは戦前のことだったようだ。以前はメディアでも取り上げられていたように思うのだが、それは当時すでに相当古い情報だったのだ。「きょうは虫歯予防デーですね」などという最初の言葉から、聞いている人たちにはわけがわからなかっただろう。今は「歯と口の健康週間」というのがあって、きょうはその初日になっているらしい。

 午前中はあれやこれやと要求を突きつけられるように、追い立てられながら次から次へと問題を片付けた。なるほどやりにくさは強烈だが、こういう時にこそ自分が試されると思うとあまり疲れないし、挑戦的な気分になる。そして、普段はぼやけた言葉が輪郭のはっきりしたものに変わるのだ。

6月 3日 月曜日

 あいみょんの歌を聞いて不意に涙が流れそうになった。この人の歌は心を打つ。驚きだ。歌詞がすごい。シムなしのiPhoneにこの人の歌だけ詰め込んで先日なんかは移動中ずっと聞いていた。そしていまでも頭の中で歌が鳴っている。こんなことを書くといい年をして、ということになるのだろうか。いまの若い人たちがこのような力のある人たちと歩いていけることは素晴らしい。

6月 2日 日曜日

 爽やかな日が多いのは温暖化のせいか。湿度がなくて、洗濯物も良く乾く。まるで欧州の夏のような気候だ。でも、少し前ならこの時期では考えられないほどの高温なのだから、気持ちが悪い。

 仕事を後回しにしながら午前中を過ごす。昼には平泉まで出かけて蕎麦を食べ、スポーツ用品店に寄って帰ってきた。15時頃から2時間ほど昼寝をし、目覚めてから翌日の会議の資料作りを進めた。終わると20時を過ぎていた。

6月 1日 土曜日

 実家から7時半に出て仕事先まで向かった。朝は晴れ。昼には雨が降ったが、終わった16時頃には快晴になっていた。日中は室内にいたので天気のことは問題ではなかった。昨日今日と何百キロ走ったろうか。ドライブには絶好の日和だった。

 失敗やミスを生かすとはよく言うけれど、生かすことのイメージが沸かない人も多いだろう。失敗の原因は人間の根幹に関わるものなので、すっかり生まれ変わることでしか止めることはできない。根っこが残っているうちは何度も繰り返してしまうのだ。だから、失敗の場面だけ切り取って付け替えると言う意識ではなく、自分の生活全体、いわば生き方全体を無から創り出すつもりで見直さなければならない。

 まるで石を一から積み上げていくようなものだ。失敗の数だけ人は生まれ変わり、新しい自分として生きることができるはずなのだ。しかし、誤魔化してばかりいるとせっかくの機会を逃してしまって、また同じ失敗を繰り返してしまう。生かせる人にとっては失敗は未来を開く鍵とでも呼べるものになるが、そうでない人にとっては、それが自分の身体に染み付いた悪業となり、苦しみの種となってしまうのだ。