2018年12月  December 2018

12月 8日 土曜日

 昨日は二十四節気にいうところの大雪だった。朝には雪が積もっていた。朝方夢を見ていた。どこかに行くのに間に合わなくて焦る夢だった。夢の間じゅう音楽が繰り返し聞こえていた。いつもの土曜日より少しゆっくり家を出たが、その後は一日の勤務だったので、帰宅したのは十九時近くになっていた。夕方からまた雪が降り出して、山道はところどころ圧雪状態になった。気温も下がり寒くなってきたので、コンビニでコーヒーを買って飲んだ。

12月 7日 金曜日

 悪法が次々と決められていく。どういう形でそれに抗うことができるのか、考えあぐねている。

 十九時過ぎ、いつもより早く帰れると思って職場を出ようとしたところで電話が鳴った。それから四十分ほど話を聞いた。この平成という時代に入ってから形作られてきたある一つの「文化」について、またここでも考えさせられた。

 個人の自由となるべき時間はすべて全体主義に吸い取られ、個々の能力も労力も金銭も、大きな収奪システムの中に取り込まれてしまう。そこにすでに片足を突っ込んでいることに気づかない。表情を失い、まるでロボットのように動かずただ上からの指示に従う人々。それがかれらの理想なのか。

 子どもたちを戦場に駆り立てるのは、誰でもないかれらの親だ。こういう人々の住む国だから、こういう政治がまかり通る。自分もその一人であること、そういう人作りに加担してきたことがどうにもいたたまれない。

12月 6日 木曜日

 頭脳労働というけれど、機械に置き換わった方がよっぽど楽かもしれない。人間にしかできないと思われていることでも、案外とすっきり、機械なら片付けてくれるかもしれない。もっと手軽に、もっとシンプルに。こういった発想がもう、人間を機械に近づけていくことだ。

 悩みや苦しみの果てに差し込んでくる一条の光。叫び続ける心の中で不意にどこからか聞こえてくる声。人間を超えた存在を見出せるのが、人間の人間らしさなのではないか。

12月 5日 水曜日

 人の良さは罪。周囲お構い無しの雑談や下品な笑い声を聞いていると反吐が出そう。素知らぬふりで黙っていること自分自身に苛立ちを感じて、ああもうここは自分のいるところではないのかもな、という気持ちに至る。そう思うような人はどこに言ってもそう思うのだろう。だが、少なくとも同じ場所にいる時間が長すぎるのは良いこととは思えない。

 安住するつもりはけしてないが、あえて危険も選ばない。今年度、自分としては思い切った決断をしたのだけれど、そうは問屋がおろさないと突っぱねられた。もっと勉強が必要だよということだ。こうして、次年度もこれまで通りここに居座り続け、他の人々に悪い影響を与え続けるのだろうか。

12月 4日 火曜日

 一日でも休むと次の日には浦島太郎の状態で、ずいぶんと隔たりを感じるものだ。その気分が嫌で今朝は少しばかり早く職場に来て机上を片付けたりしたのだが、思ったほど変化は起きておらず、隔たりというのもあまり感じなかった。幸いそれほどエネルギーを費やす場面はなく、黙って構想を練る時間も確保することができた。淡々と一日を暮らし、夜まで仕事をし続けた。

 しかし、一日働きづめだったためか夕方から身体がだるくなった。これが通常の平日か。そう考えると少々不機嫌になった。

12月 3日 月曜日

 振替休日を取った。朝からぼけっとして過ごしていると、時計はみるみる進んでいった。いい天気だった。洗濯をして、洗濯物を外に干した。日の光を受けて、洗濯物から湯気が立ち上っているのを見た。車が泥だらけだったので、洗車をしに行った。ピカピカに磨いた。そして、丁寧に拭きあげた。多くの人が一週間を始めようという月曜の朝、それとは無関係に休日の気分に浸るのが楽しかった。以前、日曜と月曜が定休だった三年間を思い出して懐かしくなった。

 昼には高速に乗って北上した。水沢あたりで何か食べるつもりだったが、空腹を我慢できず、前沢のサービスエリアでつまらない食事をしてしまった。それで水沢まで行く目的を一つ失ってしまった。

 電気屋に入ったら、店内を掃除している従業員が黒人のおじさんだったので珍しく思った。旅行で来ている外国人は意外とよく目にするのだが、今回のような姿を見たのは岩手ではずいぶん久しぶりである。

 夜中から雨が降った。自分が洗車をするとすぐに雨が降ると言われるが、晴れた日にしか洗車をしないのだから、それはその通りだろう。

12月 2日 日曜日

 いつもと一緒の時間に出勤した。土日連続の出勤にもめげないのは明日が振替休日だからである。午前中はこちらも体を動かした。あまり飛び跳ねないようにはしたが、それ以前にあまり思うように動くことができなかった。昼から場所を移して昼食会となった。先週と同様、今日もこれ以上ない晴天が広がり、県境の高原はすでに冬枯れではあったが外を歩くだけで気分が良かった。会場には他の一般客も多数いたので、騒ぐこともなく、皆マナーよく食事をすることができた。そのあとでまた場所を移してセレモニーを行ったが、それはだらだらとして態度は褒められたものではなかった。

 この件に関して、一つの文化現象という見方をすると、これは家族関係の在り方の問題という気がしている。平成時代の特に後半に顕著に見られるようになった問題だ。根本には互いの時間の使い方と、それらのバランスの取り方の変化があるように思う。午前中に内田良氏の講演会があるというので、行ってみたかったのだが、仕事で叶わなかった。これに関して氏の意見を聞いてみたいと思った。

12月 1日 土曜日

 五時にはまだ暗かった。家を出ると途中から雪が舞いはじめた。風が強くて、車も揺れるほどだった。泥がずいぶん跳ねて、泥で車が汚れた。自宅から職場までは四十分。職場から気仙沼までは四十五分で着く距離だ。昨年の今頃も同じ場所まで出かけた。駐車場が狭くて困った印象があったが、着くとやはり駐車するのに困った。よく見ると奥の広い駐車場は閉鎖されており、おそらくスタッフの車だけが数台停められていたのだった。スタッフが入った時点で開放すれば良いのにと思った。それだけではなく、受付がないとか、何も事前準備ができていないとか、幾つかの問題点が認められたが、きっと誰も問題だと認識していないのだろうと思った。

 明るいうちは建物の中にいて仕事をした。終わると十六時で、日が翳り寒くなってきた。室根の道の駅で野菜を買って帰ると、会場から自宅までは一時間半くらいかかった。