2017年12月  December 2017

12月16日 土曜日

 オランダにいる頃から感じていたことが、帰国してからますます鮮明になって、毎朝毎晩同じような愚痴が口をついてばかり。この国に生きるというのはたいへんなことだという思いが日に日に強く深くなる、まるで底なし沼のように。ところがここで行われている事ごとに対してあからさまに反対することは憚られることらしい。逮捕者も出るし、死者も出る。弱者は叩かれ、被害者は排斥される。だいたいそういうことらしい。この国だけではなく、大国の論理というのがそうだというのは、これも最近になって立体的に見えるようになってきたことだ。ここでまともにやっていくには、少なくとも少数派で、異端でなくてはならない、ということは確信に至った。

 かつての仕事場にあった状況と似たようなことが、一事が万事、この国のいたるところに蔓延しているのをみる。つつがなく暮らしてきた我々の身体から、まごころや誠実さが掠めとられ、代わりににせものの魂が植えつけられていく。毒気のある空気や食べ物を知らず知らず摂取するうち、身体の反応が鈍ってくる。雑音の中に身をおくうち本当の声が聞き取れなくなってくる。

 きのうは少し咳が出たので、途中からマスクをつけて過ごした。それは自分としては無くても良いものだったが、放っておくと周囲からヒステリックな反応があるかもしれないことを恐れた故である。早々に失礼して床屋に行った。きょうも活動は計画されていたが、出る気持ちにはなれなかった。出なくて済むものなら出なくて良い。だが、それがまかり通るほどは事態は単純ではなく、ある程度周到に準備や根回しをしておく必要がある。小狡くやらないとこちらの身がもたないなどという、計算である。

 面白く価値があると思ったものが、他人にとってはどうでもよく優先順位の著しく低い事柄だということは、日常茶飯事だ。感じ方も考え方もそれぞれ違うからこそ、この世界には存在する意義がある。最後に残るのは自分の意識。どう捉え、どう動くかがすべてだ。面白いことが面白くあるためには、面白くないことを面白くないと思う気持ちが必要だ。怒りは爆発させるためにあるのではない。苦悩は沈むためのものではない。疲れも、堕落も、停滞も、行き着くところが嘆きや喚きであってはならない。まだもっと先に求めるものがある。そのために言葉があり、絵画があり、音楽が鳴り響いているのではなかったか。そのために宇宙があり、森林があり、海洋が広がっているのではなかったか。

12月10日 日曜日

 昨日は朝から体の調子が悪く、頭も回らなかった。一日中寒い体育館で過ごしたため、熱も上がったような気がした。頭の中には様々な考えごとが巡っていたが、それをうまく出力できなかったことが悔やまれた。休日でない休日を過ごしながらもほとんど四半世紀が過ぎた。どうにか折り合いをつけてやってきたことに対して、よかったなどと口が裂けても言えぬ。できるなら関わりを持ちたくないと思いながらも、どうしようもなく続けてきたまでである。個人の力が及ばないのはもちろんだとしても、体制を受け止め自分なりに納得しながらやるのはもう馬鹿らしいとしか言いようがない。こうやって、平成時代には生活が悪いものへと変わってきた。社会に貢献なんて気のいいことは言えない。社会を悪くすることに、積極的に加担してきたのだから。

12月 2日 土曜日

 この一週間も息つく暇なく働いた。働きながら未来について考え、自分なりにベストの表現を試みた。それは一千年という時間を超えるための表現であり、死後の世界への橋渡しであった。毎回毎回ベストを尽くす。それで悔いはない。働く自分の中に遊びをもち、故郷を走りつつ世界を夢みる。心に音楽を奏でることで邪悪から守り、季節の移り変わりに委ねながら、為政者の傲岸不遜には屈しない。

 明け渡すものはこれがすべて。晴れやかなほどに、もういつでも何も思い残すことはない。