2017年8月  August 2017

8月27日 日曜日

 朝3時起床で4時過ぎに家を出る。白々と明けていく東の空に向かって、ラジオを聴きながら車を走らせた。明日への記憶は江夏豊のインタビュー、聞き手は松本一路アナウンサー。聴きながら、歴史は刻一刻とその姿を変えるのだということを感じた。

 朝の仕事は7月に荒天で中止となったことのやり直し。天気のおかげで外の作業も誰もが気分良く進めることができたようだ。朝から夕方までこの夏一番の好天に恵まれた日曜日。早々に帰宅し、洗濯物を久しぶりに天日に干した。そして、初めて洗車した。来週はもう9月。

 

8月20日 日曜日

 フェデリコ・モンポウのピアノのように、暗鬱な曇り空の下で最後の夏休みが終わる。大人の時代にも夏休みはあって、その終わりの1日というのがあることを僕は知った。毎日が夏休みだったらいいのにという言葉には多くの人が共感するだろうが、この何でもない日常の時間を、夏休みの日々のように組み直すことはできる。それがギラギラした太陽の下でなくても、いくら体が若い時のように動かなくなったとしても。

8月19日 土曜日

 朝4時起床で5時過ぎに家を出る。帰宅は19時過ぎ。土曜日の休日をまるまる仕事に捧げる。それには理由がある。好むと好まざるとにかかわらず、僕はこれまでそうやって自分の時間をこういうことに充ててきた。その理由を煩悶しながら求めて、自分なりにその答えを見出し、作り出した意味を塗り重ねながらここまできた。もともと世界に意味はない。ゼロからの出発ならば、考えて意味を創出することが幸せだ。というより、幸せということ自体、人々が自ら作り出した人の生きる価値だ。すべては言葉に由来する。言葉にすることで、生きる意味を見出してきたのが人間だ。しかし、言葉にすることで、人生の意味を無にできてしまうのも人間の所業だ。その間で揺れ動きながらも、蚕のように言葉を紡ぎ出しながら生きるのが人間だ。何かを壊すことでさえも、何かを作り出すことだ。どうせ何かを作り出さなければならないのなら、捨てられるゴミでなく誰かの栄養となるものを作りたいと願う。

8月18日 金曜日

 昨日も今日も休みだったが、夕方から職場に出かけて3時間ほど立ち仕事をしなければならなかった。こうなると夕方までの時間の使い方が難しいのだが、なんのことはないだらだらゴロゴロと過ごしているとあっという間に夕方になってしまうのだった。心おきなくゴロゴロできたとも言えるが、あまりいい時間とは言えなかった。体が休めて良かったかもしれないが、明日からの消耗については少し心配だ。それにつけても、こんな風に休日であるにもかかわらず時間が奪われてしまうこの職業は一体何だ。だましだましやってきたことは、自分に何ももたらしてはいない。

8月16日 水曜日 

 お盆も今日で終わり。一昨日、昨日と実家や親戚を回ってきた。天気が悪いのでどこに行くにもすっきりしない気分のままだったが、それも年中行事だと腹を決めるとどうということはなかった。むしろ久しぶりに元気な顔を見ることができるのはささやかな喜びだった。わずかな時間ではあったが、この人たちは自分には見えないものを見ているのだと感じた。それは自分にとっては永遠に分かり得ないことかもしれなかった。同様に自分も、かれらには到底分かり得ないものを、一握りではあってもつかんでいるのかもしれないなどと思った。

 夜には、ネットを介して戦争に関する番組を立て続けに見た。731部隊にしても、インパール作戦にしても、上層部は何の責任も取らず逃げおおせている。割りを食うのはいつも兵隊たちだ。いつも感じていることだけれど、これは現在でも何ら変わっていない日本の本質だ。

8月13日 日曜日 

 雨の土日は仕事だった。ぬかるんだところにいたので足元が泥だらけになった。懐かしい人たちに会うことができた。かれらはもはや大きく成長していたが、それに対して自分はそれほど変化していないことが確認できた。強いて言えば白髪が増えたとか膝が回らなくなったとか、そんなことばかりだ。例えばかれらは50年後生きているだろうが、自分は50年後は死んでいる。かれと我の間には、それだけの違いがある。全ては、50年後を基準とすれば間違いない。

 以前よりも冷めた目で見ることができたのかもしれない。田舎にも都会にも、いいところとそうでないところがある。田舎が悪いわけでも都会が良いわけでもない。ただ、それらが分断されると互いに意思疎通ができなくなって困るのだ。我々の仕事は、いわばそれらをつなぐ架け橋のようなものだ。都会人のようになってはいけないし、田舎人と同じであってもいけない。田舎人のようにゆっくりとした物腰で、都会人のように速く計算しなければならない。今日も頭にくることが多々あった。毎日毎日なぜにこんなに怒ってばかりなのだろう。それは自分が至らないということなのだろう。

 家の近くの交差点が何やら物々しい雰囲気に包まれていた。一時停止か何かの取り締まりかと思ったが、よくみれば、信号機が故障して警察官が手信号で車を誘導していたのだった。青信号だけが点き、赤信号はライトが点かなかった。警官の数は6名。パトカーも3台止まっていた。この数は多すぎると感じた。阿蘭陀を思い出すと、このような信号機の故障の場合に警官がいるのを見たことがない。だが、危険も混乱もなく車は行き来できるのであった。それはラウンドアバウトだからという理由だけではない。信号機のある交差点だとしても、状況を判断して各自が安全に動ける。そういう社会だ。

 床屋に行ったら、洗髪のとき、「機械でいいですか」と聞かれた。そんなことは初めてだったが、「いいですよ」と答えた。移動するとそこには自動洗髪機とかシャンプーロボットとか呼べそうな大きな装置があった。椅子の上で仰向けに寝ると、パチパチとプラスティックのカバーが頭の周りにセットされ、全自動でお湯が吹き出し、頭皮を洗浄するのだった。洗い心地は人力と変わらないにせよ、あの快くて清々しい一時は、何ともつまらない時間に突如変わってしまった。でもちょっと先にはこれが当たり前になる。洗髪など人の仕事でなくなる日も近いのだ。洗髪のときには決まって「かゆいとこないですか」と聞かれたものだが、それに正直に答えたことはなかった。きっとその積み重ねが、ロボット導入の決め手となったのだろう。残念なことだ。

8月 2日 水曜日

 休みというのは名目ばかりで、ほんとうは働く日だったのだなあ。我慢しているうちに、それが当たり前になる。望んでいたことが叶わぬままに、望んだことそのものを忘れてしまう。こうやって、従順な人々が飼い慣らされていく。恐ろしいことだ。