ベトナム旅行から一ヶ月



 8月10日朝。私は上野の喫茶店でひとりコーヒーを飲みながら、もう残り少なくなった旅のノートにあれこれ書き込んでいた。 「旅は終わり、メンバーはそれぞれに帰途へ。北海道、東北、茨城…。楽しく、充実した2週間を過ごした我々は、それぞれの夢を胸に、それぞれの現実へと向かう。」  
 東京で働いている弟と昼に会うため、池袋へ。朝の地下鉄の中、仕事に向かう人々の顔は、ハノイのそれとは明らかに違っていた。皆生気がなくて、気難しい顔だと思った。
 時間つぶしに入った東武美術館。小野竹喬の展覧会。名前を聞いたこともなかったが、日本画と西洋画の間を生涯行ったり来たりした彼の絵はなかなか見応えがあった。これから東北へ帰ろうという私は、とりわけ「奥の細道句抄絵シリーズ」に目を奪われた。
 「田一枚植ゑて立ち去る柳かな」
ノン笠をかぶり田んぼで腰を屈めて働く婦人や水牛にまたがる少年の姿が、目の前の絵と重なった。私の心はふわふわと漂って、その絵が日本なのかベトナムなのかわからなかった。3階では竹喬の生い立ちに沿って作品が大画面のビデオで紹介されていた。心地よい暗がり、心地よい音楽。私はシートにもたれながらしばらくの間夢を見ていた───。
 あれから一ヵ月。二学期が始まり、もうすっかり慌ただしい「いつもの生活」に戻ってしまった。体育祭が終わり、これから新人戦、文化祭とたたかいは続く。おまけに各種の突発的な問題の発生とその事後処理…。日々に埋もれてしまいそうな自分である。
 しかし、旅で学んだことは大きい。ベトナムで国際協力に携わっている方々と出会えたことで、今何か人のためにできないかと探している自分に気付く。(単なる現実逃避かも知れないが…。)そして松尾芭蕉ではないけれども、また「そぞろ神のものにつきて心をくるはせ」始めている自分がここにいる。  
 9月11日夜。村の社会教育課主催で「緑のサヘル」というNGOの事務局長を務める菅川拓也氏の講演会があった。この「緑のサヘル」というのは、アフリカのチャドで、急速に進む砂漠化を食い止めるために木を植える活動をしている団体である。薪炭材の過剰伐採、家畜の過放牧、焼畑などの過耕作が原因で、世界では毎年600万ha(九州と四国を合わせた面積)の土地が砂漠化しているという。だが、安心して飲める水も、十分な食料もない土地で、いきなり木を植えることはできない。まず住民たちの話を聞くことから始まり、次に井戸を掘る、さらに井戸の周りに畑を作る。それと平行して、薪として伐採される木を減らすために、熱効率のよい改良カマドを普及させる。そして人々の気持ちにゆとりが生まれるまで待って、やっと木を植える段階に入るのだそうだ。次の言葉が特に印象に残った。
「日本は世界の陸地面積の0.2%、人口は世界の2%しかないのに、世界のエネルギーの15%を消費している。」
「アフリカだって以前は豊かだった、先進国と接触するまでは…。」
貴重な話を聞くことができ、ありがたかった。
 だが残念なのは、聴衆が20数名しかいなかったこと。我が校でも全校生徒にチラシは配布したものの、講演会場に足を運んだ生徒はただの一人もいなかった。これが現実か、とため息をつきつつも、次はアフリカか!などとまた旅の夢を見る私であった。