2018年10月  October 2018   第2弾シングル発売中

10月 7日 日曜日

 台風が接近してきたために、風が強い日だった。晴れの予報が出ていたが、曇ったり雨が降ったりと不安定だった。午前中には観念してテキストを使って勉強していた。昼は蕎麦を茹でて食べた。午後にも時間があった。時間はあったが無駄に過ごしてしまった。神様の采配とは書いたが、その意図を考えるとまた自分は試されているのだろうという思いに至った。いろいろと余計なことをした。二十年前に前九年のアパートで作った曲をネットに上げるとわずかに反応があった。そんなことで少し気を紛らわしながら、逃避ばかりしている自分に嫌気がさした。実はこの日記もその一環だ。この二十年というもの、新しいことは何も作れずにいるという、厳然とした事実が自分の前に大きく立ちはだかった。現状を打破するにはまた何かを生み出すよりほかない。

10月 6日 土曜日

 珍しくこの三連休には仕事が入らなかった。奇跡と言っても良いくらいだ。神様の采配ではなかろうか。朝から気分良く、ジャガイモの皮を向いて、なぜかジャーマンポテトなどを作ってみた。ビールがあれば最高だが、朝から飲むわけにはいかない。

 何もない休日には、心置きなく勉強に打ち込める。ところが、時間があると思うと気持ちが抜けて、やるべきことに集中できない。天気も良くないから遠出する気にはならないが、家の中で机に向かい続けるというのも飽きてきて、気がつくと別なことに熱中しているというありさま。まるで中学生の心境そのままである。こういう気持ちを振り返りながら、言葉を紡ぎ出せればいいのだろうか。だがこんな時に頭の中に浮かぶのは、言葉でなく音楽ばかりなのだ。

 昼前から車で出て、スーパーに寄った。土曜とはいえまだ人出が少なかった。宇都宮から来た風の餃子屋が店の中に特設の屋台を出し、お兄さんが餃子を焼いていた。通りかかった頃合いでちょうどよく爪楊枝のついた試食用の餃子を差し出されたので、思わず手を出した。あれこれと話のうまいお兄さんに乗せられて、高かったけれど五個買ってしまった。それとパックの焼きそばを買って昼食にした。ぼやき川柳アワーは聞かずに机に向かったが、それほど集中できなかった。

 夜には稲村というラーメン屋で昔ながらの中華そばを食べた。帰りにケーズデンキに寄ると、オレンジの法被を着た人が近づいてきて、新しいスマートフォンを勧めてきた。手回し式のラジオを探したが、ほとんど北海道の地震の被災地向けに出てしまい、在庫は一つだけということだった。備えあればというけれど、災害があってから備えの大切さに気がつく。いつでもそうだが、常に今がその前夜だということ。

10月 5日 金曜日

 前の日は早く帰ったのだが、その後は何をするということもなく過ごし、早めに就寝した。よく眠り、疲労回復したつもりが、首のあたりが苦しくて一日中動きにくかった。やっとのことで六時間をこなすと、歩くのもふらふらした感じになった。夕方になったところで上司に呼ばれ、勤務のことについてのヒアリングが行われた。その後も長い時間様々な話を聞いた。夜には以前延びていた会合があった。十八時半から一時間超の話し合いは自分が進行役だったが、迷走気味になり、その都度上司に助け舟を出された。今日のことが、何か改善につながることを祈りたい。会合に出たスタッフと、まだ残っていた何人かでいっしょに職場を閉めた。車を出してから、建物の一角に電気が点いているのを発見し、また戻って開錠し、スイッチを切ってまた施錠した。こうして十月第一週は終了した。

10月 4日 木曜日

 通常業務は午前中だけで、午後は研修だった。ゆっくりと出かけて、夕方まで講義に参加した。たまにこのような機会が与えられて、新しい古いは関係なく、普段の自分の考えとは異なる角度からの話を聞くことは悪いことではない。成果として表れるかどうかはこれからの実践にかかっている。とはいえ、この国の近視眼的な政策をみるにつけ、暗澹たる気持ちになる。時代に合わせて変化することは大切だが、いつもそればかり。人間とはどのような存在なのか。そこに根ざした思想がどこにも見当たらない。おそらくそれは、江戸の昔から為政者が意図してきたことであり、庶民はすっかり飼い慣らされ、何も考えなくて良い、お上に従っていればそれでいい、という癖が染み付いてしまっているのだろう。おぞましいことである。

10月 3日 水曜日

 夜になると疲れて眠ってしまうけれど、朝になるとまた目覚める。人間は毎日、新しく生まれ変わることができる。まるで死んだように眠り、まるで生まれたように起きる。それを繰り返すのが人の一生だ。このことに気づいてから、毎日が愛おしく、一日一日を生きられることをありがたいと感じられるようになった。これは恵まれていることであるし、喜ばしいことである。日々たいへんなことがあるけれど、一人ではどうにもならないことばかりだけれど、それでも目覚めさせていただいた身としては、きょうを精一杯生きなければもったいない。明日も同じように目覚められるとは限らないのだから。

10月 2日 火曜日

 問題山積の毎日に、気をつけたいことがある。心配や不安を口に出すときの言葉それ自体が、事態を悪化させてしまうことがあるということ。問題の現象は一つ一つ別個のものなのに、それらを一緒くたにして全てを否定するような、身も蓋もない扱いをしていては、伸びるものも伸びない。それはむしろ伸びる芽を摘んでしまうことになる。

 残念ながら、敷かれた軌道の上を走っているだけでは、良かれと思ってやること全てが、相手の不幸を招く。人の不幸を招くのが仕事だとしたら、そんなことを続けていてはならない。消費の中で生きるだけの人間に、人の上に立つ資格はない。

10月 1日 月曜日

 台風のためにきのうの行事が中止となった。然る場で検討してもらった結果、延期も難しいということになった。それで、メールが配信され、こちらはほっと胸を撫で下ろした。今朝は風の影響を鑑みて、出勤が一時間遅れとなり、業務の開始が二時間遅れとなった。それで、午前中はあっという間に過ぎ、午後もあれよあれよという間に終わった。心配されていた台風も、幸いそれほどの影響はなく、結果的に無事にやり過ごすことができた。神無月に入り、今年度も後半に突入した。半年後のことはわからないけれど、この状態から脱することができるように、一つ一つまじめにやっていこう。