サボテンのはなし


 砂漠のまんなかに、サボテンが生えていました。そのサボテンは背たけが人のひざあたりまでで、手のひらくらいの大きさの、肉の厚い葉っぱをびっしりとつけていました。しかし、サボテンのくせに、とげはあるのだかないのだかわからないほど小さないぼみたいなものが、ぽちぽちついているだけでした。
 そのサボテンは、どこまでもつづく砂だらけのところに、ぽつんと一つだけ、いつでも元気よく生えていたので、そのふしぎな景色ときたらありませんでした。太陽は毎日のように、白い光を砂漠いっぱいにふらします。そのため昼間は、空気までもが今にも燃えてしまうのでばないかと思われるほど、暑いのでした。ところが、太陽が西の空のはてにまっかな夕焼けをつくって、すっぽりと沈んでしまうころになると、すずしい風が砂漠いちめんに吹きわたり、それからどんどん冷えてゆくのでした。
 そうすると、今まで暑さをさけて砂のなかにもぐっていたわずかの生き物たちが、食べ物をもとめて、砂の上へごそごそとはいだしてくるのです。それらは、たいていが、ごみみたいに小さくて弱い虫でしたが、なかにはさそりのように、体がかたいからでおおわれていて、しっぽに毒とげをもった、見るからにおそろしい虫もありました。
 ある三日月の晩、一ぴきのさそりが、サボテンのところにやってきて言いました。
 「おいサボテン、おまえにちよっと言いたいことがある」
 「なんですか。さそりさん」
サボテンは、すこしびっくりして、答えました。
 「ふん。じつはな、最近どうも食料のとれぐあいが悪いもんでな、どうしてだろうって考えてたんだよ」
 「はあ。それでどうしてか、わかったんですか」
サボテンがきくと、さそりはこわい目をぎろっとさせて言いました。
 「ああ、わかったさ。おれはな、知らない間にごっそりと食料をひとりじめする、おまえのよっぽどずるいやりかたに気がついたのさ」
 「なんのことですか、さそりさん」
サボテンは、さそりの言ったことに、まったく心当たりがありません。
 「えい、とぼけるな。その、砂にしっかりとかくしている足のことだ」
 「足?」
 「おう、そうよ。このあいだのことだ。おれがいつものように、砂のなかをもぐりながら進んでいると、頭に『がちっ』とぶつかるものがあるんだよな。どっちに向きを変えて  も、また『がちっ』だ。いったいなんだろうと思って、砂の上をのぞいてみたら、おまえ がとぼけてぼうっとつったっているじゃねえか」
 「ぼくの根っこが、さそりさんの通るじゃまになったのならあやまります。でも根っこがないとぼくは死んでしまうのです」
 「そうらみろ。おまえはその何本もの足で、おれが食べる虫けらどもまでも、ごっそりまるごと吸いとっているんだ。ああ、本当にいやなやつ。おまえのせいでおれははらぺこ  だ。どうしてくれる」
さそりは、えさになる虫を全部サボテンがとっていると思ったのでした。
 「そんな、さそりさん。ぼくは虫けらなんて食べません。食べ物がとれなくなったのは、ぼくのせいじゃありません」
サボテンは半分泣き声になって言いました。
 「ヘん。まだしらばっくれている。とにかく、おまえがいたんじゃおれはこの先どれくらい生きられるか、わからない。今すぐここから立ち去ってもらおう。ほら、今すぐにだ」と、しっぽをくるくる回して、さそりはサボテンをおびえさせながら言いました。
 「それはひどい、さそりさん。ぼくは一人で動くことはできません。だいいち、虫なんかぜんぜんとっていないんだから……」
 「そうか。どうしても立ち去らないというのならしかたがないな。そういうやつには、ええい、こうだ」
勢いよくこう言うと、さそりはしっぽをいっぱいに反らせ、その先についた毒とげを頭の上からたらして、サボテンの根元をぢくりと刺しました。そして、
 「おまえのようなへんてこ野郎が、ここにいるのが悪いんだ」
と言い捨てて、さっさとどこかへ行ってしまいました。でも、殺すつもりで刺したさそりの毒は、サボテンにはまったく効き目がありませんでした。
 それから一か月たっても、二か月たっても、さそりはサボテンの前にすがたをあらわしませんでした。
 「もしかしたら、うえ死にしてしまったのかもしれない」
こう思って、サボテンはさそりを気の毒に感しました。

 ある日の午後のことでした。真っ白な光のふりそそぐなかを、一人の若い旅人が、今にも倒れそうなくらいへとへとになってやってきました。その若者は、のどがからからにかわいていて、もう汗さえ出ないほどでした。サボテンは、その旅人に向かって話しかけてみました。
 「旅人さん旅人さん、どちらまで」
 「ああ、サボテンさん。私はずっと西のほうをめざして旅をしているのですが、のどがか らからで、もうとても歩けない………」
旅人は言葉を言い終わるか終わらないうちに、がっくりとサボテンの前にひざをついて、すわりこんでしまいました。するとサボテンはこう言いました。
 「旅人さん、それならぼくの葉っぱを一枚取って、かじってごらんなさい」
旅人が言われたとおりに、とげがあるのだかないのだかわからないような葉っぱを一枚取ってかじってみますと、たっぷりとたくわえられていた水分が、口のなかいっぱいに広がりました。
 「のどのかわきはとれましたか」
サボテンがきくと、旅人は明るい声で答えました。
 「はい、おかげで少しは元気が出ました。歩く力がわいてきました。ありがとう。本当に ありがとう」
こう言って旅人は立ち上がり、西のほうめざしてまた歩き始めました。サボテンは、旅人が砂の山のかげになって見えなくなるまで、じっと笑顔で見送っていました。けれども、そのサボテンのからだは、どこか少しやせて小さくなったようにみえました。
 旅人は、砂の山をいくつかこえたところで、少し休むことにしました。しばらくゆったりと横になっていると、足元の砂の中から、こっそりとさそりが出てきました。サボテンのところにきた、あのさそりです。しかし、旅人は、そんなことにはまったく気づく様子もありません。さそりはしっぽをぐるぐる回しながら、ゆっくりゆっくり旅人に近づいていきました。そしてついに、旅人の足首にするどい毒とげを刺したのでした。
 旅人は「ぎやっ」と飛び起きて、もがきながらそこらじゅうをはいまわり、かなりの時間苦しんでいましたが、あわをげぼげぼはいて、とうとう死んでしまいました。
 そのころもサボテンは、旅人がさそりに刺されて死んでしまったことなど知らずに、今までどおり砂漠の中でひとりぽつんとしていました。
 そうして何日かたったある日暮れどきのこと、今度はまた別の旅人が、サボテンの前を通りかかりました。その人はがっちりとしたからだつきで、のどはかわいていて苦しそうでしたが、足どりはわりとしっかりしていました。
 「ああー、水、水が飲みたい」
そう言いながら歩いていると、旅人はサボテンを見つけて、近寄っていきました。
 「何もないこの砂漠に、サボテンが一つだけ生えている。ふしぎなもんだなあ」
サボテンは旅人に聞きました。
 「旅人さん、あなたはどちらへ行くのですか」
 「ああ、おれはずっと西のほうに行こうと思っているのだ。それより水だ。水が飲みたい」
 「それならぼくの葉っぱを一枚取って、かじってごらんなさい」
旅人は言われたとおりに、サボテンの葉っぱをかじりました。すると、口の中いっぱいに葉っぱの水分がみずみずしく広がりました。
 「これは助かった。元気が出てきた。もう一枚もらうよ。うん、もう一枚……」
旅人はそう言いながら、サボテンのつけている葉っぱの半分くらいも取ってしまいました。
 「のどのかわきはとれましたか」
 「ああ、もうだいじょうぶだ。ありがとう。ちょっとここで休ませてもらおう」
旅人はそう言って、どかっと砂の上に腰を下ろし、リユックサックから干し肉を出してむしゃむしゃ食べました。そして、食べ終わると横になってぐうぐう眠ってしまいました。
 サボテンは、旅人の眠っているすがたを見ながら、葉っぱを半分も失った自分のからだが、だんだんしぼんでいくような感じがして、おそろしく思っていました。
 その夜は、満月が明るく砂漠をてらす、静かな夜でした。しかし、月が空の一番高いところまでのぼったころのことです。あのさそりが、歩いてきたのです。さそりは食べ物をさがすのに必死で、旅人には気がついていない様子でしたが、サボテンの行く先には、寝ている旅人の足があったのです。だんだんだんだん旅人の足に近づいていくさそりを見て、サボテンははっとし、声をふりしぼってさけびました。
 「旅人さん、旅人さん、さそりです!足元にさそりがいます!」
声におどろいた旅人はすばやく立ち上がり、さそりを見つけるとすぐに、腰につけた短剣で一突きにして殺してしまいました。
 「きゃあ、さそりさん………」
サボテンは思わず、なき出しそうな声でさけびました。
 「ふう、あやうく刺されて死ぬところだった。サボテンさんよ、おかげで助かったぜ。ここはあぶないからもう行くよ。あ、そうだ、これをいくつかもらっていこう」
そう言うと旅人はサボテンの葉っぱを一枚だけ残してあとはすべてむしり取って、さっさと行ってしまいました。
 くきと、葉っぱ一枚だけのあわれなすがたになったサボテンは、夜風にふるえているうちに、自然になみだがわいてきました。そして、その夜ひとばんじゅうなき続け、月が西の空にしずみかけ、東の空が少し白みかけてきたころには、やせてよわよわしくぐったりとなって、眠っていました。
 やがて、太陽が地平線のかなたにあらわれると砂漠全体に風がおこりました。そのときサボテンは、一つだけ残ったしわしわの葉っぱの先から、小さな花をぽっと咲かせました。その最後の花は、朝焼けのだいだい色の光の中で、きらきら美しくかがやいていました。                (おわり)