2002年1月

■言い訳(1.31)
 きょうの会議も長引いた。
 で、今夜行こうと思っていた会には行く気が萎えた。
 4月に入会して以来一度しか行けてない。
 ほんとうに長い会議とことごとくぶつかったのだ。
 忙しいというのは言い訳で、
 正直なところ最初から行く気なんてなかったのかも。
 
■終わってる(1.30)
 いよいよ腐ってるニッポンの政治。
 きょうのニュースを見て反吐が出そうになった。
 小泉ももう終わった。
 鈴木宗男に対する憎しみがわいてきてしょうがない。
 批判メール、書きなぐってやった。
 あれほどNGOに対する見識のない人間が、
 この国の外務省を動かしてるんだと。
 こんなこと書きたくないが、
 本気でぶん殴りたくなった。
 誰か、善良な国民に代わってどうにかしてよ。
 いつものことだが、
 こんな国に住んでいることは、
 不幸なんじゃないかと思えてきた。

■警告(1.29)
 巨泉一人の力で国がよくなるわけはないんだけど、
 国会議員を半年で辞めちゃうのはわけわからない。
 あ〜あ。
 日本の国が音を立てて崩れていくようなイメージ。
 ………
 なんてこと書いてたらウイルスが送りつけられた。
 今までにはなかったやつ。
 どっかからの攻撃か。
 それとも、もういいかげんにせえよってことか。

 マキコさん更迭、か。
 気の毒だ。
 最初から外すつもりだったんじゃないの?
 
■百の希望(1.25)
 ものごとは思うようには進まなくて、
 結局第一希望はかなわなかった。
 第二希望も、第三希望もあるわけで、
 次こそ、次こそ、と目先を変えていく。
 そんな近未来の自分を想像するのは、
 実はあまりおもしろいことじゃない。

 きのう仕事上大失敗を犯した気になって同僚に話したら、
 全然どうってことないと言われた。
 そんなことで悩む自体あんたがナーバスになっている証拠だ。
 あとで考えたらおかしくて、一人で笑った。
 そして、慎んで反省した。
 まだまだ希望をかなえる資格はないと悟った。 

 でも夢の形を想像しているうちに、
 雲の形が想像した通りに変わっていく、
 そんな感じで少しずつ見えるようになってきた。
 願った通りに人は生きていけるとしたら、
 僕のしてきたことに意味はあるはず。
 もっと目をこらして、もっとちゃんと見ようとする。

 おもしろくない未来にはしない。
 数えきれないほどの分かれ道を通ってきた。
 僕の選んだほうの道ですべて正しかったのだ。
 今ここにいる自分自身の身体と心。
 もちろんこれからも死ぬまですべて正しい。
 手にしてるのは、不思議な形をした一枚のキップ。

 希望の数だけ、未来は開けている。
 妥協ではなく、諦めでもなく、
 すべてを自らの思う通りに創造したい。
 目的地、それがどこなのかということ。
 できるだけ鮮明に、できるだけ詳細に、
 いつでもその瞬間に、百の希望を思い描け。
 
■弱い奴(1.23)
 こんなことで動揺している。
 顔がおかしくなっているのがわかるよ。
 これじゃ中三とかわりやしない。
 
■俎上の鯉(1.22)
 来るべきものが来ない。
 よって何も手に着かない。
 うひゃー、苦しー。
 
■イーハトーブの山小屋から(1.20)
 ここには電気はなく、
 夜になるとろうそくの灯りがあるだけです。
 それでも意外と明るくて、
 表情だってわかるくらいです。
 今、みんなが食堂に集まって、
 隣の国のラジオに耳を傾けています。
 おじいさんは孫をあやしながら嬉しくて笑顔が止まりません。
 赤ちゃんは目をくりくりさせて周りを見ています。
 僕は生姜とミルクの入ったお茶を飲みながら、
 ゆったりとして濃密な時間を過ごしていました。
 ふるさとから5000キロ離れたこの山小屋で、
 なぜだか僕は、
 イーハトーブという土地の名を思い出しました。
 ほのかな温もりの中で、
 浮かんだ言葉をノートに書き留めたのでした。
 
 ふるさととふるさとは光で結ばれ、
 そこには距離も国境もありません。
 イマジネーションをひろげれば、
 どこだって身近なドリームランドにできるのです。

 イーハトーブの山小屋をベースにして、
 ここから、旅をしよう。
 ここから、語りかけよう。
 見知らぬ土地に、見知らぬ人たちに。
 …どうか、友達になってください。

■中華屋で(1.17)
 隣の男がラーメンをにちゃにちゃ音を立てて喰うからいやだった。
 そんなことを考えていると、自分のラーメンまでまずくなるから不思議だ。
 なんか、損した気分。

■アジアへ(1.16)
 アジアに出ていく中年男性たちのことをテレビで見た。
 アジアから日本に来て働く若い人たちのこともやっていた。
 本当はもっと行ったり来たりできるほうがいいにちがいない。
 そうなってくると、言葉は特に重要だ。
 
 ニッポン、にっぽん、日本。
 アジア、あじあ、亜細亜。
 セカイ、せかい、世界。
 
 「カンダハール」の監督が涙を流しながら訴えていた。
 バーミヤンの仏像は、自ら崩れ落ちたのだと。
 世界の人々の目を向けさせるために。
 
 またオリンピックが始まるけれど、
 オリンピックは世界の祭典ではない。
 お金のある国だけが競争に参加できるのだ。
 そんな見方は、偏っているだろうか。

■足跡(1.15)
 この3日間、僕は至るところを旅した。
 そして、いろんな人に出会った。
 じかに、本で、あるいはスクリーンで。
 すべて僕の中ではほんとのこと。
 現実っていったい、どれほどの価値があるだろう。
 どこからどこまでが現実なのかよくわからない。
 今はまだ夢を見ているような状態。
 時間も空間も超えてしまっているのだ。

 1から10まで右から左に順序よく並んだ日々か…。
 きょうの次が5年前だっていいじゃない。
 春の次が冬でも構わないじゃない。
 小岩井農場がモンゴルの草原に続いていても、
 銀座の先がブロードウェイでも、
 何の不都合があるだろう。
 
■お寺で(1.10)
 お寺に新年の挨拶に行って、和尚さんと話をした。
 学校批判というか、現代の教育批判めいたことを聞かされた。
 都会では小学生から塾に行って11時12時くらいまで帰ってこない。
 そんな子どもたちと競争しても岩手の子たちは勝てないんじゃないか。
 この春長男が中学入学を迎える和尚さんは、そんな焦りを感じているのだ。
 そのほかにもいろいろなことを聞かされて気分は重くなった。
 西澤潤一だったら、どう反応するだろう。
 寺子屋といったくらいだから、
 昔は学校もお寺も似たような役割を背負っていたんじゃないだろうか。
 今のお寺にも、何か欠けていることがありはしませんか。
 和尚さんのつるつるの頭を見ながら、
 ちょっと複雑な気持ちになった。
 
■雪(1.9)
 田んぼの中の道、車を走らせていた。
 真っ白な雪景色を見ながら、地球上の無数の点を想像した。
 中心はなく、どこも地球の一地点。そしてみんな繋がってる。
 
 久しぶりに本屋をのぞいてみた。
 読みたい本がたくさんあった。
 さんざん迷った挙げ句、一冊も買わずに店を出た。

 あすは110番の日なんだと。
 近ごろじゃ、電話番号案内と間違ってかける人も少なくないのだという。
 警察も有料化すれば、犯罪件数が減るかもよ。(まさか)
 
 県内の工場がまたひとつ撤退するそうだ。
 人件費の安い中国へのシフトだと。
 この調子でシフトしていったら、いったいどこまでいくのだろう。

 アメリカのアラブ系住民たちが、不等に身柄を拘束されているそうだ。
 これは明らかに差別だろう。当局は否定しているけれども。
 自由の国では、核実験を再開する準備を始めたらしい。

 帰ってきたらアパートの隣の部屋が空き部屋になっていた。
 若い夫婦と赤ちゃんの3人家族はどこかに去っていってしまった。
 去る人があれば来る人があろう。その前に僕が出る番かも。
 
■映画(1.8)
 おとといは「マルコヴィッチの穴」という映画を観た。
 おもしろかったけれど、頭がとても混乱した。
 一言で言って、変な感じがした。
 最後のビョークの歌はよかった。
 でも、後味は悪かった。
 それが意外と尾を引いていた。
 
 きょうは「バグダッドカフェ」という映画を観た。 
 いい映画だと思った。
 ポットはただのポットでなくて、魔法瓶だった。
 赤茶けた砂漠だったけど最後にはオアシスに変わった。
 いい作品というのは人を変える力をもっている。
 ついさっきまで重く荒んだ気持ちだったのが、
 今じゃ見るものがまるで違って見える。
 このビデオを手にしたのは偶然だったが、
 きょうこの心境に辿り着いたのは必然だ。
 こんなことがあると僕は、
 やっぱり誰かに守られていると感じてしまうのだ。

 これからどうなるかわからないけれど、
 本気で、
 部屋を片付けようという気になった。

■福袋(1.6)
 6日ともなるといいかげん薄れてくる正月気分。
 テレビではいまだに初売りだとか福袋だとかの話題。
 1億円の福袋、ダイヤモンドをちりばめたチェスのセットだって。
 いるんだ、この世の中にはそんなのを買う人も。
 初売りという言葉はあるけど、初買いという言葉は聞いたことがない。
 売る側の思惑でコトが運んでいるということ?
 買う人がいるから売るのか、売る人がいるから買うのか。
 
 神社で売られているさまざまなお守り。
 家内安全、学問成就、商売繁盛、無病息災…。
 相変わらずエゴな願いごとばかり。
 世界平和、環境改善、貧困解消…。
 そんなお守りはどこにも見あたらない。
 
 ニューヨークとカイロと東京の大学生の討論。
 あるアメリカの学生いわく、アメリカ民主主義が最高なんだ。
 アメリカほど自由でチャンスを生かせる国はないんだと。
 イスラムの学生いわく、
 ではアメリカを嫌う人がこれほど多いのはなぜか。
 アメリカが中東で行っている政策をどれだけわかっているのか。
 互いの立場をわかろうとすればするほど、問題は大きくなる。
 だが、対話は続けていかなければならない。
 「鎖国してはならない」というのは大江健三郎。
 この人はほとんど何にもしゃべらなかったのだが、
 最後にぽつっと言ったのは、教育が大事ということだった。
 残念でならないのは、
 東京の学生がほとんど議論に参加していなかったこと。
 おそらくそれはニッポンの若者が悪かったのでなく、
 番組の構成が悪かったのだろう。

 福袋だろうがお守りだろうが、
 手に入っただけでは手に入れたことにはならない。
 買い物に来ていたおばさんが興奮して「来年も買いますよ!」
 サラリーマンが笑いながら「リストラされないようにって祈りましたよ!」
 インタビューに映し出されるのは僕自身の姿だ。
 いったい手に入れるべきは何なのか。
 それを見つけたものが勝ち、なんだろうか。
 
■おくのほそ道(1.5)
 このホームページにタイトルをつけたいとずっと思っていたけれど、
 ぴったりくるものがなかなか思い浮かばないでいた。
 月日は百代の過客にして行きかう年もまた旅人なり。
 振り返ってみると「人生は旅」というのはここからの発想なのだ。
 悪くない。悪くないけれど、疑問は頭から離れない。
 
 これは旅なのか。
 
 きっとほんとうの旅はまだ始まってもいないのである。

■モノに囲まれて(1.4)
 僕の部屋の中には壊れかけの品物がたくさんある。
 パソコン、プリンタ、テープレコーダ、
 テープが取り出せなくなったビデオ付きテレビ、
 そして、高さ調節のできなくなったイス。
 みんな近いうちに処分しようと思っている。

 きょう警察に行ってきた。
 自転車を引き取りに行ったのだ。
 廃品業者に持っていくつもりでアパートの前に停めていた自転車が11月頃なくなった。
 僕はてっきり誰かが気をきかせて処分してくれたのだろうと思っていた。
 ところがそれを暮れになって警察が見つけだしたらしい。
 どこかのゴミ置き場に出してあったのだという。
 防犯登録のステッカーが貼ってあったので所有者がわかったということだ。
 フレームには赤枠の「違反ゴミ」のシールがでかでかと貼ってあった。
 「もったいないですからね」と担当の警察官はサドルを手で拭いてくれた。
 いやあ捨てるつもりでしたとはさすがに言い出せず、
 「ありがとうございまいた」と丁重に礼を言って、雪の中を押して帰ってきた。

 もったいないと言われればたしかにその通り。
 貧しい国のことを考えれば、整備して乗れないことはない。
 それを突かれれば弱いんだけれど、
 もう10年使った自転車はやっぱり古くなってしまって、
 僕は新しいのが欲しくなったんだ…。
 新しいのはもちろんずっと大事に乗るよ。
 
 モノに囲まれて暮らすうちに、
 どんどん新しいモノばかり求めるようになってしまった。
 モノやカネに関して、
 少なからずボケちまってることは否定できない。
 当たり前のことだったはずなのにね。
 これからは、ほんとに欲しいモノだけを厳選して買うようにしよう。
 そのとき欲しいと思っても、
 必要でないモノならはじめから買わないことにしよう。
 減らすことはあっても、モノをこれ以上増やさないようにしよう。
 
■今年もよろしく(1.3)
 実家から帰ってきた。
 アパートの部屋はすっかり冷えきっていて、
 ヒーターを入れて30分たってもちっとも暖かくならない。
 コートを着たまま年賀状に目を通す。
 恐縮です、これから書きます。
 
 名古屋じゃ大雪だそう。
 僕はナゴヤで詐欺にあってきた。
 そんなことも楽しかった冬休みは終わり。
 
 今朝のテレビで山折哲雄が言ってた。
 『激しく考え、優しく語る』
 いい言葉だと思った。
 
 「この歳にもなるとまあるくなっちゃって、
 なんかものわかりもよくなっちゃって」
 って、けしてそんなことはない。
 去年なんかよりさらに激しく、
 頭の中では迷い、苦しみ、嘆き、叫びながら考えよ。
 そうして目指すべき道らしきものが見つかったら、
 まっしぐらに突き進も。
 そういうことにしよ。
 とりあえず、今年もよろしく。