2003年7月

■日本食(2003.7.31 Thu)
 ゆうべ遅かったので、夕食後すぐに寝入ってしまいました。よく眠ったと思って目覚めたら午後10時。まだ7月は終わっていませんでした。きょうで1年のうちの3分の1が終了です。この1か月を振り返ってみると、けっこう長かったと感じます。成長しているのかなんなのか。毎日を過ごしているうちに、少しずつ感覚は変わってきているのではないかと思います。
 1か月、ですます調でのノートでした。気がつきませんでしたが、去年の7月もそうだったようです。「である」調の常体に比べると、文字の表情が明るい分読みやすかったのではないかと思います。でも、感情を吐露するのには最適というわけではないようです。さて8月はどうしようか。ヤプーズのフォト日記もできましたし、ちょっと毛色の違ったものにしたいなという願望もあります。ほんとうはフィクションを書いてみたい。でも、それだけの体験に乏しいのですね。今頭にあるのは、ロードムービーっぽいものなんですがね…。
 きょうの昼時にはたくさん人が来て、日本食レストランから買ったものを届けて下さった方がいて、おかげでそれらを囲んで楽しい食事になりました。天ぷらうどんに、鉄火巻。なんと、先日一生食べなくてもいいと書いたうなぎもありました。日本で食べる食事そのままの日本食。いやあ、おいしかったです。住む場所は変わっても、日本食を食べなければだめだという方はけっこういるみたいです。1日に1回は米の飯という方も多いです。でも僕は先週一週間はお米を口にしなかったみたいですが、どうということはありませんでした。きょうの食事中の話題は、日本食レストランについてでした。トロントに日本食の店がたくさんあることは以前から書いている通りですが、日本人経営の店もけっこうあって、日本人に評判になるのはそういう店が多いようです。聞けば、日本の定食屋そのままの店もあるそうなので、近いうちに行ってみたいです。

■コンサート(2003.7.30 Wed)
 今午前1時になるところです。1時間歩いて帰ってきました。すごかったです。よかったかどうかは別として。天気は朝からこれ以上の晴天はないというほどの快晴で暑くなりました。ステージが7〜800メートルくらい先にあって、その上の人なんか見えません。パフォーマンスは左右の大スクリーンに映し出されるので、遠いわりに臨場感は大きかったです。コンサート自体よりも、それを見に来る人々の様子が面白かったです。
 お客さんは99パーセントが白人。きょうも老若男女が音楽を楽しんでいました。黒人はほんとにごくわずか、東洋人もあまり見かけませんでした。ロックは白人のものなのか。野外コンサート自体が白人の文化なのか。よくわかりません。例によって、入れ墨の男女がいっぱいいました。中には、「夢」とか「李」とか漢字の入れ墨もありました。「運求堪」という熟語の入れ墨もありました。意味はわかりません。まことに失礼な話なんですが、入れ墨だけでなく、ホットドッグやアイスクリームを買うために並ぶ列、ペットボトルの水を飲んでいる人たちなどを見ると、どうも僕は笑いたくなってしまいます。
 それと、日本には緑茶がある。あるいはウーロン茶がある。これはたいへん素晴らしい文化だと思います。
 ちょっとした災難に遭いました。蛍光塗料の入ったペットボトルが後ろから飛んできて足に当たり、靴が緑に染まりました。しばらくしたら色は消えましたけど。トイレットペーパーも飛び交っていました。人込みの中でもお構いなしに吸われるタバコ。会場全体に散らかっているペットボトルなどのゴミ。嫌なところもいっぱい見えた気がします。ほんとにどうにかなんないのかよとちょっと腹が立ちました。

■前夜(2003.7.29 Tue)
 きょう無事にズボンを買うことができました。何のことはない、普通でした。ただ、サイズがインチ表示でした。サイズがわからないと言うと、お店の人がすぐに測ってくれました。裾上げは…という心配も全く無用でした。ちゃんといろんなサイズの品物が揃っていました。きっと日本でもそうなんだろうと思います。ただ自分がよくわかっていなかっただけでしょう。
 今トロントはラジオでもテレビでもローリングストーンズの話題で持ち切りです。今朝のトップニュースは、昨夜ストーンズがトロント入りしたという話題でした。いよいよ明日、トロントで空前の規模のコンサートが行われます。SARSで落ち込んだトロントを元気づけるためということですが、何と観客動員の見込み50万人の歴史的コンサートという触れ込みです。先日のメトロ紙にこんな記事が載っていました。「次のものを運ぶためにトラック75台が必要だ。○3500のポータブルトイレと、1546キロメートルのトイレットペーパー○25万個のオールカナディアンビーフバーガー(重ねるとCNタワー4倍の高さになる)○25万個のホットドッグ○500の屋台で使うケチャップとマスタードと付け合わせ22万7124リットル○45万本の炭酸飲料水と、400万リットルの水○10のテントで出すビールそれぞれ5000人分」なんとも大げさですが、ことの真偽は別にして、そういう話題で楽しませているという雰囲気です。でも正直、マスコミがやや騒ぎ過ぎというか、煽っている感がありますね。テレビやラジオでは11時間ぶっ続けで放送する局もあるらしいです。なにはともあれ、このコンサートが一つのきっかけになって街が元気回復すればいいと思っています。というわけで、僕も21.5ドルのチケットを買いました。正午開始で、ストーンズの出演は午後9時から。ほんとに50万人も来たら音楽どころではないという気もしますが、明日は仕事を定時で終えて、歴史の証人となるべく覚悟して出かけようと思っています。
 こちらでも、火曜日の夜8時にはNHK歌謡コンサートです。きょうは江戸時代のお芝居で、全編北島三郎に配慮した構成となっていました。いつもより歌がつまらなかったです。でも我慢して見ていたら、和田アキ子が「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌ったのでよかったです。

■高速道路(2003.7.28 Mon)
 高速道路を走っていても、日本と比べてそれほどのストレスを感じません。これはどういうわけだろうと考察してみますと、まず、ほとんどの高速道路は無料であるということ。どこまでいっても通行料金はかからない。これは最高に素晴らしいことです。ただ、一部の道路だけは有料となっていますが、それでも料金所のゲートは一切ありません。カメラで撮影された車のナンバーからコンピュータが所有者を特定し、後日郵便で請求書が自宅に送られてくるというシステムです。したがって、ETCなんていうものを付ける必要もないわけです。小切手を返送してやればそれで支払い終了です。請求書が来たときは驚きましたが、そういうわけだと聞いて納得しました。407号という道路だけは有料なのだそうで、それ以来通らないようにしています。並行して最高速度80キロの一般道が通っているので、そこを通れば問題ありません。
 そして、ゲートがない分一般道路との接続も簡単です。インターチェンジがいたるところにあるので使いやすいです。ゲートだけでなく、日本では道路の両脇に張られてある柵がありません。視界も良好です。カナダの方が車線の幅が特別広いというわけでもないのですが、規格以上に道路が広々と感じて走りやすいです。
 さらに、日本では過剰なくらい次々と現れる道路標識が、カナダではあまりうるさくありません。必要以上の情報がないのは、思った以上に目が疲れないようです。
 サービスエリアもありますが、その間隔はずいぶん離れています。こちらではサービスセンターとよばれていますが、次のサービスセンターまで80キロなんていう看板が出ていたりします。でも、いったん高速を下りればインターチェンジの付近にはガソリンスタンドも商店もあるのでなんの不便もありません。
 カナダのいいところばかり書いているようですが、車社会が発達していること自体があまり好ましくないという考え方もあると思います。平日の街中は車の混雑がすごいので、なるべく地下鉄やストリートカーを使うようにしています。道路事情に関しては日本にもいいところがあるのではないかとは思うのですが、高速道路に限ってみると、日本がカナダよりも優れている点はちょっとすぐには見つかりません。
 日本はかなりはじめの段階から、やり方がまずかったのではないかと思います。赤字はかさむし、料金はかかるし、使いづらい道路を使わなければならないことはとても残念です。日本で500キロというのは、東京から盛岡あたりまでです。一度往復したことがありますが、一日走るともうへとへとになってしまいました。ところが、この休日は朝から片道300キロ以上もの道を往復ドライブしてきたのですが、疲れ方はたいしたことがありませんでした。モントリオールまでは550キロ。朝早く出れば、その日の午後には観光できそうなくらいです。残念なのはドライバーが自分1人しかいないということです。宿泊費も1人と2人では全く同料金ですし、疲れは半分以下に、楽しみは2倍以上になるのだと思うと、パートナーがあるというのは素敵なことだと思います。でも、1人で旅をするのも1つの選択です。この気侭さからは離れたくありません。
 ベトナムにいっしょに行ったある先生が、カナダをドライブするといいよ!ということを話してくれたことがありました。そのときには、正直いってカナダにはあまり興味がなかったのですが、数年後にこういう状況に置かれようとは、ほんとうに不思議なものです。 

■にっぽんまる(2003.7.27 Sun)
 きょうの日曜日も朝から雨模様の暗い日で、あっという間に午後になりました。一眠りしたなあと思ったら、もう夕方です。今頃になって空が少し明るくなってきました。これからちょっと出かけてこようかと思います。きのう公園を散歩しているとき、草で滑ってお尻から転んでしまいました。そのときは全然どうということもなかったのですが、帰ってきてみるとズボンが破れていることに気がつきました。これで町中を歩いてきたかと思ったらちょっと恥ずかしかったです。
 きょうは新しいズボンを買おうと思っていたのですが、日曜日というのはお店はどこも閉まるのが早いので、もう閉まっているだろうと思います。早いといえば、土曜日も日曜日もデパートとかスーパーとかが閉まるのは早いのです。そして、日曜日には午前中は休んで、昼頃から開店するところが多いのです。ビジネス街では土日は全く開いていないというモールもたくさんあるようです。平日には、9時とか9時半くらいまでやっていますから、買い物は平日に済ませてしまうという人が多いのでしょう。僕もその考え方は好きです。
 ただ、今回ズボンを買うということを想定した場合、試着をさせてもらうにはどう言えばいいのかとか、裾上げはどうするのかとか、言葉の不安というのがつきまとうのです。ガソリンスタンドに入る前にもそんなことを考えて、周囲の人々に大いに笑われたのですが、ほんと何か新しいことをしようとするたび、ことばの問題がつきまとってきます。必要に迫られるというのは、きびしいですが、英語の勉強としてはとても有効だと思います。その割にはあまり力がついていないような気もしますが。
 エレベータの中で、中国人が話すのを聞いていましたが、その人たちは中国語と英語の混ざったことばを使っていました。こういう話し方ができるのは、中国語と英語の文法上の類似からだろうと思います。ほとんど語順が同じですから、話している人たちの意識の中では違和感がないのでしょう。英語圏の人々が漢字を学ぶのはたいへんなことですが、中国人の場合はアルファベットは漢字の前に覚えていますし、英語を学ぶにはたいへん有利だと思います。
 英語と日本語を混ぜて会話するのは文法的には難しいことで、とても不自然に聞こえます。無理に英語を取り入れようとすると、いわゆるカタカナ語の多い表現になってしまって、聞きづらくなってしまいます。日本語話者にとっては、文法的にみても英語を学ぶには不利だといえるかもしれません。日本語と似ているのが朝鮮半島のことばで、配列がいっしょなのだそうです。
 もちろん一生懸命勉強してぺらぺらしゃべることができるようになる人はたくさんいますから、文法がどうのこうのなんていうのは言い訳になってしまいます。
 そんなことを書いている間に、日本時間では月曜の朝になってしまいました。おはよう日本では地震のニュースです。これはほんとうにたいへんです。火災や亡くなった人が出なかったのは不幸中の幸いですね。でも、もっとたいへんだなあと感じたのは、地震のニュースの陰になってあまり扱われていない重要なことがたくさんあるのではないかということです。テレビのニュースだけで世の中の動きを判断すること自体、不十分で偏っているわけですが、イラク支援法への国民の関心がほとんど薄れてしまっているような気がしてなりません。そんなに簡単にどんどん変わっていっていいのかよというのが正直な感想です。

■夏(2003.7.26 Sat)
 震度6の地震のニュース、CBCの朝のニュースでもトップでした。家が倒壊した映像を見てぞっとしました。かなりのけが人が出たようですね。御見舞い申し上げます。
 心配な事はもうひとつ、東北地方の冷害です。今年の夏はどうなるのでしょうか。やっぱり暑い夏がきてほしいですよね。
 こちらもあまり天気がよくありません。きょうも午後から雨になりました。誰かがもう夏は終わりだと言っているのを聞きました。統計では8月よりも7月のほうが暑いということですから、ほんとうに夏は終わってしまうかもしれません。 

■Sheryl Crow(2003.7.25 Fri)
 北島選手の活躍は明るいニュースですね。でも、スポーツニュースは水泳もサッカーも静止画像ばっかりです。放送権というのは誰のための権利なのかわからないけれど、そっちの権利を守るために、こっちには権利が与えられないという矛盾。ただ古館アナウンサー?の声からだけ、興奮が伝わってきました。
 シェリル・クロウの野外ライブに行ってきました。トロントスター紙主催のブルースフェストというイベントでした。会場のエキシビションプレイスには、メインステージの他に2つのステージがあって、6時からいろいろなアーティストたちがそれぞれ演奏をしました。野外ライブというのも初めてで物珍しかったのですが、芝生の公園の中にさまざまな屋台ができていて、食べ物や土産物、ゲームコーナーなんかもあって大にぎわいでした。だいたい1つのステージが1時間ちょっと。僕は3つのステージをはしごしました。最初に聴いたのは、Rev.Billy C.Wirtzというおじさんで、ピアノの弾き語りでしたが、語りに歌に聴衆は大笑いでした。いわゆるブルース?なんでしょうが、言葉で引きつけるステージでした。1割も理解できませんでしたが、老いも若きも同じステージを見ながら笑っている様子を見ているのが楽しかったです。
 2つめは、David Gogoというギターの弾き語りでした。途中からバンドが加わりました。バイオリンが渋くてよかったです。ところが、ここで大粒の雨が降ってきました。傘がなかったので、建物の軒先まで走り、雨宿りをしました。
 メインイベントは9時開始でした。ちょうどよく雨も止んで、会場にはどれくらいの人が集まったのか、たくさんの人が詰めかけてきました。シェリル・クロウはアルバム1枚しか知りませんでした。気に入っていたのは"if it makes you happy"という曲です。ステージには4つ縦長のスクリーンがあって、車や海の映像などが映し出されていました。演奏した曲はいい曲ばかりだと感じました。"if it〜"のところではみんなで合唱みたいになっていました。1時間半ほどの演奏でしたが、とてもいいコンサートだと思いました。シェリル・クロウはもっとアメリカアメリカしている?イメージだったのですが、ステージが質実剛健という感じで、親しみがわきました。映像の中で、「非暴力」についての過去の様々な人たちのメッセージが映し出されていました。画面が切り替わるのが速くて読み切れなかったのですが、唯一最後まで読めたのは、ジョンレノンの"All you need is love."という言葉でした。
 けして若者だけではなくて、小学生くらいの子どもを連れた家族や、白髪のおじいさんおばあさんたちも普通にたくさんいて、身体でリズムをとったりしていました。そういうところが、僕は好きです。
 トロントに来てからのことはすべて(トロントに来たことも)思いがけないことなのですが、せっかくですからいろいろ楽しもうと思っています。

■当たり前の話(2003.7.24 Thu)
 BSEに関して、日本の対応はフェアじゃないという声が報道されていました。カナダにとっては大きな打撃です。トップはイラクでのアメリカ軍への攻撃でまた死者が出たというニュースでした。NHKでは国会のニュースでした。当たり前の話ですが、国が違えばニュースも変わってきます。人殺しはカナダにもあって、日本にもあります。景気も政治も、それぞれの国で問題になっています。それらは、すべて報道によって知ることができます。残念な事件はたくさんありますが、そのことについてここでは何も書けません。
 知ることも、知らされないことも、なんの歯止めにもならないのではないかと、そんなことを考えます。放送局や新聞社が違うだけでこれだけ知らされることが違うのだから、国が違うということで世の中の像がどれくらい違って見えるか。これは相当な違いだと思います。どれだけ自分の感性が歪められているか、真意はどこにあるのかをたえず疑っていなければなりません。
 日本でのうなぎの消費量は世界の7割にものぼるそうです。養殖チームの奮闘がリポートされています。うなぎもしばらく食べていません。おいしいうなぎが安く食べられればいいですねというのがキャスターのコメントでした。日本の研究者は、ほんとうにそんなことのために日夜研究しているのでしょうか。うなぎは嫌いではないですが、そんなニュースを見て、一生食べなくたっていいと思いました。

■え!?(2003.7.23 Wed)
 めちゃくちゃワイルドピッチにデッドボール。もう見ちゃいられません。せっかく8回に逆転して6ー4になったのに、投手が変わったらあれよあれよという間に逆転されてしまいました。
先発投手もがっかり、打った選手たちもがっかり、お客さんもがっかりです。こういう展開が多すぎです。ブルージェイズにも長谷川投手のような抑えが必要だと思います。

■ライブ(2003.7.22 Tue)
 カナダに来て2度目の床屋に行きました。1度目はアパートの建物内にあるしゃれた所だったのですが、チップを出すのを知らずにそのまま出てきてしまったため行きづらくなりました。きょうは歩いて10分ほどのところ、イタリア人のおじさんたちがやっている床屋でした。髪を切っている間中、イタリア語で高らかにおしゃべりをしていましたが、腕はなかなか上手で、しかも仕上げまでのスピードが速かったです。顔剃りも洗髪もないのですが、12ドルというのは前回の半額以下です。多いのか少ないのかわかりませんが、3ドルのチップをあげました。
  夜には生まれて初めてライブハウスらしきところに行きました。オペラハウスという名前の古い建物で、後ろと左右にちゃんとバーがあって、椅子などなくて、いくつか丸テーブルがあるだけで。外で30分くらい待たされて、中に入ってからも1時間近く待たされました。たぶん、演奏が始まるまでの間はめいめいにお酒を飲んだりして会話を楽しむのでしょう。でも僕以外にも一人で来ていた人はいましたよ。ジャズ云々と言っていましたが、結局ロックの演奏を聴くことになりました。ギンギンの縦揺れののりでした。ご存じでしょうか。ALIEN ANT FARMというバンドでした。僕は全然知りませんでした。このバンドを聴きたかったのではなく、きょう聴きに行きたかったのです。ロックは肉体的だなあと感じました。歌詞は全く聞き取れませんでした。観客たちはそれほどの興奮はなく、意外と静かに鑑賞しているふうでした。ただ前の方にいる人たちは、熱狂的なファンの人なのでしょう。元気に踊っていました。僕はドラムの人がすごいと思いました。上半身裸で汗まみれ。まさに一心不乱に太鼓を叩いていました。なんか太鼓を叩くために再生された特殊な生物のような感じでした。なんというか、すごく生々しかったです。なるほどこういう楽しみもあることを知りました。

■ホリデイ(2003.7.21 Mon)
 曇り空で、湿度が高い一日でした。気温はそれほど高くはないのに、外を少し歩くだけで、汗でべたべたと気持ちが悪かったです。昼食にタコスというのものを食べたのですが、その後腹が痛くなり、午後はどこにも出かけられない状態になってしまいました。トウモロコシの粉は身体に合わないのかもしれませんね。天気が悪いのと、腹具合いが悪いのとで、きのうもきょうも遠出はできませんでした。冷蔵庫の中身が少なくなってきたので、夜から買い物をしてきました。いつもは小さなカゴを使っているのですが、きょうは初めて大きなカートを使ってみました。重くないし、たくさん入るしでずいぶん楽でしたが、その分買い過ぎてしまいました。こちらのスーパーでは、一度にビニール袋を4枚も5枚も使ってしまいます。日本では買った物の数や大きさに合わせた袋をもらえますが、こちらでは袋の大きさは一種類しかありません。それに、商品一個一個の大きさ自体が大きいので、どうしても袋の数が多くなってしまうのです。買い物のたびにビニール袋が増えるので、戸棚の中はビニール袋でいっぱいです。
 フォト日記のサイトを見つけて登録をしました。日常の断片を写真とともに載せられたらいいなと思っています。ここにもリンクを張りますので、時々のぞいてみてください。     フォト日記

■日曜(2003.7.20 Sun)
 ゆうべ早く寝たので、真夜中に目覚めてしまいました。2時間くらい本を読んで、また寝て起きたら5時でした。朝飯前にのんびりと近くを走ったり歩いたりしたあと、ずっと本の続きを読みました。きょうは午後から雨が降ってきたので、珍しくどこへも出かけずに、ずっと本を読んで過ごしました。不思議なもので、日本から離れてから、日本語の書物に対する感覚が変わったような気がします。本を読むスピードはそれほど変わりませんが、なんか集中力、というより吸収力が違うようなのです。日本の言葉が、すうっと沁み込んでくる感じ。どうして今までこんな感じで本を読めなかったんだろうと思います。もしかすると、英語環境の中にいるぶん、逃げるように日本語の世界に入り込んでしまうということがあるのかもしれません。うまくバランスをとっているのでしょうか。
 ジャズの聴ける店に行きたいと思って、インターネットで探していたら、MP3のダウンロードができるサイトを見つけました。1曲1曲とてもかっこよくて酔いしれてしまいました。ジャズというのはどうしてこんなに都会的といいますか、洗練されたムードを醸し出すのでしょう。

■善悪(2003.7.19 Sat)
 土曜日が終りました。今日で1学期終了です。でも解放感というよりは、苦々しい思いばかりが残りました。あとは9月まで子どもたちは学校に来ません。これから6週間は、ほとんど自分で時間を組み立てて動くことになります。休日もあります。ゆっくり休めるというよりは、どうやって時間を無駄にしないかということを考えたいと思います。大学時代に無為に過ごしたような夏休みを、ここで取りかえすことができるかどうか。そんな若々しい心構えでいきましょう。
 善意というのが、今ひとつ信用できなくなってきました。いったいだれが悪人というのでしょうか。本当の悪人なんてほとんどいなくて、たいていの場合は、善意が一人歩きをして結果的には悪事に変異してしまうのかもしれません。目の前のことに誠実に善意をもって対処するということが、誰かを傷つけたり、悪事につながったりということがあるのかもしれません。正しいと思われていることを一度すべて疑ってみる必要がありそうです。
 なにをするということもなかったのに疲れました。きょうはもう明るいうちに寝ようと思います。お休みなさい。

■夏(2003.7.18 Fri)
 窓を開けると心地よい風が入ってきました。この間のような猛暑というのは、今まではなかったのだそうです。これが本来のカナダの夏だと、ある方はおっしゃっていました。8月までこうだったら、ほんとうに過ごしやすい季節なはずです。テレビでは水虫薬のコマーシャルがずいぶん多く見られるようになりました。これも夏がいちばん発生しやすいものなのでしょう。西洋は家の中でも靴を履くということを聞いていましたが、トロントに長く住んでいる日本人の方の話によると、部屋で靴を脱がない家は見たことがないということです。ちゃんと足先まで風通しをよくしておこうと思います。 

■滅私(2003.7.17 Thu)
 悔し涙を流さずに人は変われるか、というのがテーマとして浮かび上がってきました。ちなみに変わるのは僕ではありません。変わるのに苦労は大切だとは思いますが、望ましい変化がそれほど血の滲むような苦しみの果てに得られるものだと考えることを、やめたいのです。もっと調和のとれた、笑顔のままでの生き方の劇的変化というのはできないものなのでしょうか。
 ああもう眠くて仕方がないのだけど、考えれば考えるほどこれは僕自身の問題だという気がしてくるから恐ろしい。でも、問題をすり替えてはいけません。変わらなければならないのはそれを自覚していない者のほうで、彼等が変わるためには自分が何かことを起こさなければならないという、ただそれだけのことです。こちらが涙を流してはいけないのです。いかに何事もなかったようなふりをしながら、異次元に巻き込めるかということです。目に見えているものが同じでも、見え方が全く異なるという境地を、いかにさり気なく彼等に開かせるかということです。

■TO DO LIST(2003.7.16 Wed)
 ゆうべは11時を過ぎたあたりで眠くなってしまい、試合の結果を見ずに寝てしまいました。もう深夜まで起き続ける気力はないです。でも、朝は5時に目覚めます。宵っ張りの北米大陸には不似合いな性質かもしれません。
 この年になってこんなことを書くのもなんですが、TO DO LISTというのを作ると、仕事がはかどるようです。ただの何をやるかの一覧表ですが、一教員だったときにはそれほどの必要性は感じていなかったのです。やることはたくさんありましたが、もう何をするかはわかっているという感じでした。ところが今の仕事になって、一週間とか一か月とかのサイクルでやらなければならないことがいろいろとあって、週の最初に計画を立てる必要が出てきました。仕事を書き出してみると、20項目くらい簡単に出てきてしまいます。火曜日から金曜日までの4日間で、その20項目を片付けていかなければなりません。1日5項目。軽重や必要な時間の長短もありますので、実際には1日に2つしか進まないときもあるし、10くらいできてしまうこともあります。どんどんクリヤしていくわけですが、本音をいうと、これをやっていくだけで仕事なの?と思ってしまうこともあります。授業もないし、学活もないし、部活もないし、3年もこんなことばかりしていていいのかよ!という気持ちもどこかにあったりするのです。根っからの教師癖が染み付いていたということでしょうか。もちろん今でも教師ではありますが、せっかくの機会ですから、教師臭さというのはいったんすっかり洗い落として、中身をちゃんと作り直してみたいものです。
 楽だとか忙しいとか、一概には言えません。自由な時間ははるかに多いです。でも、責任も何倍も大きいです。紡ぎ出す言葉の重さが違います。それが説得力をもつかどうかに関係なく、立場として一言一言がとても重要になるわけです。慎重に言葉を選んで、伝えるという責任。わからせて、動かすというよりは、わかっていただき、動いていただく。言葉だけが上滑りしてしまっては、誰も納得しない。身体から滲み出たような生きた言葉を発しない限り、人は受け入れてくれません。まぎれもなくこれは教師の仕事なのですが、以前はそこまで吟味することはなかったかもしれません。言葉じゃないよ心だよという人がいますが、言葉こそ心という気がします。
 それにしても、僕の言葉は全部日本語です。日本語だけで考えたり語ったりしているのでは、本物は見えてこないのじゃないかというような気もしてきました。アグネス・チャンは3つの言語を使います。ジュディ・オングは5か国語だそうです。彼女たちに負けてはいられません。日本語と、英語と、中国語と、フランス語と、イタリア語と、スペイン語と、韓国語と、ドイツ語と、ポルトガル語と、マレー語と、ヒンディー語と、スワヒリ語と…。なんか眠くなってきました。

■オールスター(2003.7.15 Tue)
 オールスターゲームが始まりました。松井選手の第1打席はヒットでした。「日本では1千万人(?)が見ています。日本は今、明日の朝です。」とアナウンサーが言いました。「明日の朝だったら、もうゲームの結果がわかっているのでは?」なんてとぼけたことを言って、笑っていました。
 
■自転車(2003.7.14 Mon)
 折り畳み自転車を買いました。3月の荷物を送る時にいっしょに送ろうと思ったら、買った金額以上のお金がかかると言われました。それ以来こちらで乗ろうという考えも消えてしまっていたのですが、このさわやかな陽気です。ぜひとも乗りたいと思うようになりました。今朝2時間ほど近くを走り初めしました。なぜ折り畳みかというと、これを車に積んで、どこかに行ってサイクリングをするためです。きょうはさっそくピーターボローという町まで行ってきました。ここは川が町の真ん中を流れていて、きれいな町でした。帰りにはポートペリーという町に寄り、湖に面したきれいな目抜き通りを散歩してきました。しかし、休みというとそんな使い方をしてばかりでいいのでしょうか。もう少し計画的に過ごしていったほうがいいですね。なにしろ、時間が限られているわけですからね。 

■デーゲーム(2003.7.13 Sun)
 行ってきました、スカイドーム。晴天の下でのデーゲーム。屋根は全開、緑の人工芝に強い日差しが降り注いでいました。日光浴しながらの観客は3万2千。青空には白いカモメとサンヨーの飛行船が飛んでいました。急斜面のアッパーレベルは入場料たった7ドルで、昼飯にと買ったホットドッグとコーラが10ドルで。
 選手の顔なんか見えないのだけれど、その場でなけりゃわからない臨場感は球場独特。野球を見るのももちろん面白いのですが、観客の姿や動きもまた面白かったです。日曜の午後だけあって、家族連れが多かったです。隣に座ったおじさんは小学生くらいの息子といっしょで、試合中何度も誰かに電話をしていました。息子は前の柵に足をかけて、最初父親は注意していましたが、いつの間にか許していました。上半身裸の若い白人の男性が目立ちました。彼等の多くは肩や背中に入れ墨をしていました。日焼けしたいのか、筋肉を見せたいのか、それとも入れ墨を見せたいのか。彼等の入れ墨はファッション感覚で、日本人の感覚からするとヘンな模様やマークが描かれていたりします。この人何を主張したいのだろう、などというふうには見ない方がいいのかもしれません。街を歩いていても、裸の白人男性にはよく出会います。勝手な意見ですが、僕は白人よりもむしろ黒人の肉体の方が美しいなあと感じることが多くなりました。飲み物や綿菓子などの売り子のお兄さんたちは、僕が見た限りは皆黒人でした。
 攻守の合間にスクリーンに観客の表情を映し出したり、さまざまなアトラクションをしたりというサービスが行き届いていると感じます。たくさんの人が、自分たちもスクリーンに映してもらおうとして、旗を振ったり、踊りを踊ったり目立とうとするのがまたいいです。
 実は球場に着いた時にはもう松井選手が2塁打を打った後で、残念ながらその後の打席はすべてアウトでした。ブルージェイズが2対6で負けて、この3連戦はヤンキースの2勝となりました。

■住みやすさ?(2003.7.12 Sat)
 きのう付けの日加タイムスによると、世界で最も住みやすい国を現す指数として国連が毎年発表する「人間開発指数」の今年度の順位が発表されました。これは、平均寿命、教育水準、保健、収入、貧困、環境などの要素を比較し、算出したものらしいです。1位から10位までは以下の通りです。@ノルウェーAアイスランドBスウェーデンCオーストラリアDオランダEベルギーF米国GカナダH日本Iスイス。カナダは90年代には7年連続で1位だったこともあるそうですが、一昨年2位、昨年3位で、今年は8位にまで転落しました。新型肺炎やら狂牛病やらによる経済的な打撃も相当大きかったようですから当然かもしれません。カナダの次に住みやすいのが、日本です。
 いったい住みやすいというのはどういうことなのでしょう。例えば、いくら収入が多くても犯罪やテロの不安がつきまとっている暮らしを住みやすいといえるのか。いくら平均寿命が長くても老後の生き甲斐がもてないような国が住みやすい国とよべるのか。「住みにくい世の中になってきた」という言葉をよく聞きますが、これはどういうことでしょう。これら上位10か国のうち、どの要素もまんべんなく満たしている国がどのくらいあるというのでしょう。
 この数字がどれだけ重要な意味をもつのかはよくわかりません。1位のノルウェーに住む人々が幸福かどうかというと、それはわかりません。日本に住む人は世界で9番目に幸福だということではありません。いくらお金がなくても、寿命が短くても、文明から遠ざかり、例えば森の恵みを採取して暮らすような生活をしても、じゅうぶん住みやすいと感じて暮らしている民族だって地球にはたくさんあるはずです。
 そう考えると、いったい国連でこのような指数を示す意味は何なのか、疑問になってきます。詳しいことはなんら調べてもいないので、勝手な判断かもしれませんが、おそらくこの指標は、物質的な豊かさや高度に進んだ文明社会といった方向軸での「住みやすさ」を示しているだけで、それ以外の価値観は排除されているのではないかと思います。
 世界全体があたかも一つの同じ方向に進んでいるとか、進化しているとかいう考え方をもつことは、ほんとにいいのでしょうか。いわゆる先進国の目指している方向が、世界の進むべき道なのでしょうか。一つの価値観だけが大きく支配して、それ以外の少数派が否定されてしまっているのが、今の世界ではないかと感じました。
 国連がそういう多数派の代表機関になってしまってはいけないと思います。もっといろいろな住みやすさ、人間の価値、さまざまな幸福のかたちについて、並記する必要があるではないかという気がします。この10位以内に入った国に住む私たちは、これで安心するのではなく、ほんとうの住みやすさとはなんなのか、人間のほんとうの幸福とはなんなのか、真剣に考える責任があるのではないでしょうか。

■距離感(2003.7.11 Fri)
 きのうきょうと天気が悪かったものの、気温が低かったおかげで仕事の能率がよかったです。余裕をもって週末を迎えることができます。今、ヤンキースとブルージェイズのゲームの真っ最中です。松井選手は第1打席で2塁打を放ち、打点をあげました。現在5回の裏終わってヤンキースが5対4でリード。ブルージェイズは昨日までのレッドソックスとの3連戦で3連敗してしまいましたので、この3連戦はぜひ勝ち越してほしいものです。
 金土日の3連戦のときは、開始時刻が3日間とも違います。金曜は7時5分。土曜は4時5分。そして日曜は1時5分です。さらに、西海岸の試合は、こちらより3時間遅れて始まります。例えば今夜のマリナーズの試合は、東部時間で午後10時5分開始です。日本で衛星放送を観ていたときは、どうしてこんなに時間が違うのかと思っていました。曜日によって開始時刻が違うし、時差の違う北米大陸を東西に行ったり来たりしながらなので、選手たちはたいへんでしょう。実況のアナウンサーはスカイドームに取材に来ている日本の報道陣のことについて話しているみたいです。たくさんの人が来ています。日本ではみんなが松井を見ています。日本は今土曜日の朝ですなどと言っています。それにしても、球場内には日本語の看板が目立ちますね。
 日本にいる人からみれば、カナダとかトロントとか、はるか遠いところと感じるかもしれません。反対に多くのカナダ国民にとっては、日本なんていう国ははるかかなたの東の端という意識だろうと思います。でも距離感というのは、実際の距離とはあまり関係がないのかもしれません。むしろ、心の問題と考えたほうがいいのではないでしょうか。僕としてみれば、日本から何千キロ離れているのかは知りませんが、その距離をほとんど感じないなあというのが今の実感です。飛行機の中で窮屈な思いをした記憶が薄れてきたのもあるでしょうが、いちばんの理由はテレビとか電話とかインターネットとかだと思います。何といっても情報の時差はゼロなのです。
 この調子で考えると、きっとアフリカも南極もそれほどたいした距離ではありません。少なくとも自分の頭の中に勝手に描いている境界線なんかは、とっぱらってしまったほうがいいのではないかという気がします。そもそもみんな同じ地球の上に立っていて、同じ方向に足を向けているわけですから、あの国は遠いなんてことは考える必要もないのではないでしょうか。

■本(2003.7.10 Thu)
 午後から久しぶりの雨が降りました。きょうは過ごしやすかったです。午後はずっと図書室で本の整理をしていました。おびただしい数の絵本に面食らってしまいました。絵本はサイズが本によって千差万別なので、整理しずらいものです。それほどしっかり読んでみるようなこともありませんから、どれがよい本かというのはなかなか選びにくいものです。タイトルを見ていると、なんじゃこりゃというものもけっこうあります。どれが教育的でどれが教育的でないか。それはまったくわかりませんが、玉石混淆であることは間違いありません。ある程度大きくなれば、自分の読みたい本は自分で探すことができます。しかし、幼児に何を読ませるかとなると、これは親がいいものを与えてやるよりほかはありません。では親がどうやっていい本を見つけるか。たくさん読んでみればいいのでしょうが、実際はそうもいきません。そんな時に親が使えるような書評があるといいんだなと思いました。

■雑エンターテイメント(2003.7.9 Wed)
 ブルージェイズは勢いがなくなってきました。どうもだめです。今夜はスカイドームでレッドソックスと、アメリカンリーグ東部地区の2位と3位の対決です。7対7で迎えた9回表。センターフライが捕れずその間にバッターは3塁へ。会場はすごいブーイングです。そして、あっさりヒットが出て逆転されてしまいました。きのうも負けてますので、連敗は避けたいところなのですが。
 ターミネーター3を観てきましたよ。これも英語の勉強ということで。まずまず面白かったです。シュワルツェネガー迫力ありました。TーXかわいかったです。以上。
 何を観ても英語の勉強ということにはなるのですが、アクションがない映画はやっぱりつらい。聞き取れません。いちばん難しいのはコメディですね。意味がわからないから笑えない。まだ、字幕なしでコメディを観られるようなレベルではありません。ラジオで英語の落語みたいなものをやっています。漫談とか講談と言ったらいいでしょうか。話で笑わせる芸は洋の東西を問わずあるんですね。落語といえば、この秋、桂歌丸さんたちがトロントにいらっしゃるそうです。正確には、ニューヨークに行くついでにちょっと立ち寄るらしいのですが、我々も歌丸さんの落語が聴けるかもしれません。そのほかに、狂言の公演もあるということで、今年は密かに当たり年のようです。それもそのはず、今年は日本とカナダが国交を樹立して75年目に当たるそうで、さまざまなイベントが企画されているらしいのです。
 ところで野球のほうは9回裏2アウト、ランナーは1、2塁です。1打出れば逆転サヨナラというところですが、レッドソックスのキム投手は素晴らしいリリーフぶりです。見逃しの三振で試合終了です。今のはボールだと打者が怒っていますが、きのうに続き1点差の負けです。また2位との差が開いてしまいました。今週末にはヤンキースが来ます。これは観に行かない手はありません。日曜日にはブルージェイズと松井選手を応援しに行ってみるつもりです。
 
■カレー(2003.7.8 Tue)
 ここに来てたった3か月ではありますが、ずっと前からここにいるような感じがすると言われてちょっとうれしい気がしました。でも、初心がどうだったのかはもう思い出せないくらいになってしまいました。初心忘るべからず。要注意です。それにしても、このノートをみると毎日日本やカナダのことばかり考えているようにみえます。国が違うということは予想以上に精神的に大きなことです。実際食事のときなどの話題はだいたいが異文化談義だったりします。そしてその大部分は、食に関する話です。
 きのうは久しぶりにカレーを作りました。たまにはしっかりとご飯を作るというのもいい気分転換になります。スーパーで野菜を買い肉を買い、さてカレールウを買おうと思ったのですが、お馴染みの固形のカレーは置いてなくて、あるのはインドやマレー系のカレーの缶詰でした。調理してからわかったのですが、缶詰のカレーはただのカレースパイスだけで、塩味が全くないのです。よし食うぞーという段になって初めて気づく愚か者。まあ塩やら醤油やらソースやらで味付けをして、なかなかおいしくできたので満足ですが、日本と同じように考えていた自分が間抜けでした。今度カレーを作るときには、韓国系か中国系の店で日本のルウを買おうと思います。

■小さな町の魅力(2003.7.7 Mon)
 小さい町のたたずまいがとても魅力的です。なんということもない商店街なのですが、建物どうしが調和しており、歩いていて気持ちのいい町並みになっています。れんがと窓枠の落ち着いた色合い。鮮やかな花と旗で飾られた歩道。町の真ん中には時計塔のついた郵便局やとがった屋根の教会がある。全体でひとつの庭というか空間というか、トータルな物語を形作っているとでもいった感じなのです。夢のような世界が、一部の町だけではなく普通にあちこちに作られているのです。トロント市内はずいぶんゴミが多くて、お世辞にもきれいとはいえません。でも、そういう小さな商店街ではゴミもあまり気にならないような気がします。
 大きな道路沿いには、日本と同じように大規模なショッピングセンターが濫立しています。さすがに土地がある国だけあって、日本とは「大規模」の規模が違います。見渡す限り視界はすべてショッピングセンターと駐車場という途方もない空間を、車で10分も走れば簡単に目にすることができます。これだけ広いと、買い物が逆に億劫になってしまうのではないかと思えるほどです。もう既に僕はそういう感覚をもちはじめています。
 日本ではショッピングセンターが増えるにつれて、古くからの商店街が元気を失ってきています。圧倒的な集客力を前に、もはや太刀打ちができなくなってしまった商店街も、たくさんあります。休日はシャッター通りと呼ばれるくらいどの店も閉め切っている状態。これでは商店街から買い物客の足はますます遠ざかってしまいます。
 ここカナダのオンタリオ州の商店街も、郊外店に客を奪われているのはたしかでしょう。でも、僕がいくつかの町を見て思ったのは、町並み自体にとても魅力があるということです。ちょっと駐車場に車を止めて、20分30分歩きたくなる。もちろんそういう町には駐車スペースが必ずあって、パーキングチケットを買えば路上駐車だって0Kです。小さい町にも観光案内所のようなところがちゃんとあって、さまざまなパンフレットを置いていたりします。また、昔の写真やら道具やらを並べて、町の歴史がわかるミニ博物館のようにしているところもあります。それに、週に一度は農民たちがマーケットを開いて農作物を並べるのだそうです。
 いいところだけ見えているのかな。実際にはたいへんなのかもしれません。でも、町の美しさをそこに住む人々が誇りにしていることを感じます。住民たちがそんな近所の商店街を捨てるようなことはないんじゃないかと思わずにはいられません。その町の人たちみんなで、商店街を大事にしている。ここに、日本の商店街の活性化や、新しい町づくりへのヒントがありそうな気がします。あまり言いたくはないですが、僕も町の商店街に住んでいました。しかし、とてもじゃないが自分の町の商店街を誇れるだけのものは、まったくといっていいほどありませんでした。
 日本にもきれいな町はあります。岩手にもあります。でも、数は多いとは言えません。ちょっときれいだなと思っても、いざ写真におさめようとすると、ほんの限られた一画、限られた建物になってしまいます。あちこち回りましたが、全体できれいな調和がとれていると感じた町並みはそんなにはありません。
 飛騨高山は、通り全体の調和がとれたとてもきれいな町です。すっかり観光地化してしまってつまらないという意見もあるようですが、都市計画という点では成功例です。あれだけ思いきって、通り全体を保存したり、きれいにしたりすれば、人の往来が絶えない魅力のある町になります。では盛岡の町並みはどうでしょう。中ノ橋を渡って銀行から肴町紺屋町葺手町かいわいそして大慈寺あたり。大きな財産であることは間違いありません。でも、町をどうしたいのかという作り手側のビジョンが今ひとつ示されないままだったので残念でした。人が歩きたいと思える町にしたいなら、そういう町を思いきって作るべきです。建物を一つ二つ作って改良するだけではだめです。全体でひとつの物語をつくりだすようなビジョンやアイディアが必要です。カナダの小さい町々を見ていると、ほんとうにひとつひとつがお話になっていると思うのです。
 選挙の話もいろいろあるようですが、町をなんとかしたいという熱意をもっている人はたくさんいますから、そういう人たちが協力して、本気で町づくりの物語をどんどん進めてくれればいいなあと思っています。

■日本人(2003.7.6 Sun)
 朝から快晴で、8時過ぎから近くをちょっと散歩。その後は昼過ぎまで部屋で過ごしました。日曜日の午前中は何をするということもなくどんどん時間が過ぎていきます。ゆうべ見ずに寝てしまったバンクーバーののど自慢。再放送を途中まで見ました。いつかブエノスアイレスからののど自慢を見たことがありました。たしかどこかの国のホテルの部屋で見たのですが、そのとき、はからずも涙が止まらなくなったのを思い出しました。移民を決意するに至る心境、何十年と異国で重ねた苦労、年老いても祖国を思う気持ち、そんなことを想像したらはらはらときてしまったのでした。さて、今回はどうだろうと思ったのですが、きょうはそんな感慨はそれほどありませんでした。なぜなら、出演者がみんな底抜けに明るくて、苦節云々ということは感じさせなかったからです。それほどカナダと日本は南米に比べれば、距離も近いし精神的にも隔たりが大きくないのかもしれません。
 午後からはまた散歩。きょうはユニオン駅の東側をまっすぐ歩きました。セントローレンスマーケットという市場があるのですが、残念なことに日月はお休み。きょうは場所だけ確認して素通りです。あてもなく進んで行くと、昔のウイスキー蒸留製造所の跡にたどり着きました。れんが造りの建物がいくつも連なり、そこにギャラリーやアンティークショップ、それに家具屋やら雑貨屋やらが入っていました。地ビールも作っていて、屋外のレストランではみんなビールを飲んでいました。カントリーミュージックの生演奏。踊っている人たちもいて、楽しい雰囲気でした。思いがけずおもしろいところに来ました。地球の歩き方にも載っていない場所でした。旅行ではガイドブックを頼りに歩くことが多くなりますが、ガイドブックに載っていないいいところもたくさんあります、当たり前の話ですが。トロントに来てちょうど3か月。住人でなければ訪れることもない場所でした。その後は、パーラメントという名の通りを北上しました。そこはオールドキャベジタウンと呼ばれているところで、昔アイルランド移民が住んでいた地区らしいです。でも今では中東の人たちが多く住んでいるようでした。
 アイリッシュにしても、チャイニーズにしても、昔とは住んでいる地区が違うそうです。地区によって住む民族は異なり、時代によっても場所が移り変わる。それでも、うまく住み分けをして、異民族が混じらないようにしているみたいです。ところが、少なくともトロントでは、日系移民はまとまって住むことはしていないようですから、どこに住んでいても少数派で、民族と民族の合間を縫って生きているという感じがします。これも一つのスタイル、特徴かもしれません。そういえば、ロサンゼルスにはリトルトーキョーがあるそうですね。そこはどんな感じなのでしょう。
 今テレビでは野茂投手が投げています。味方がなかなか点を取らず、辛抱のピッチングを続けています。イチロー選手と松井選手は連日大活躍ですね。松井選手は大方の予想以上の働きではないでしょうか。これなら張本さんだって「あっぱれ」を出すんじゃないかと思いますがどうでしょう。「サンデーモーニング」の「喝!」が見れないのは残念だなあ。
 杉山愛選手とクリスターズ選手のペアがウインブルドンのダブルスで優勝しました。杉山選手のダブルスで4大会制覇は、すばらしいことです。これは杉山選手がパートナーの力を引き出す力をもっているということです。「楽しみながら」という言葉が印象的なインタビューをみましたが、楽しみながら自分も実力を発揮し、パートナーにも実力を出し切らせる。そんな力をもっている杉山選手のような存在は、個人種目であるテニスでは珍しいですね。
 日本から世界の舞台へ出て行ったスポーツ選手たちの中には、チームのムードメーカーとなっている人が多いようです。野茂選手もイチロー選手もチームに大きな影響を与えていますし、サッカーの中田選手だってそうです。考えてみると、スポーツの世界以外にもそういう人がいるような気がしませんか。
 日本人というのは数は少ないですが、他の国の人たちとうまくつながって全体を活性化させるような力があるのかもしれない。それも単なる触媒というのではなく、自分の力を発揮しつつ全体を変えていくような、そんな力です。これ、いつものコジツケではありますが、なんとなくそんな感じがしてくるでしょう。
 でもこれは、そうありたいとか、そうなりたいとか、また、そんなふうであってほしい、だったらいいのにな、といういうことかもしれません。世界にとって、日本がいたから世界がよくなったとか、日本のおかげで救われたとか言われるような国だったらいいなあと、そんなことを考えました。 

■週末(2003.7.5 Sat)
 3月以来の授業は楽しくできたことはできたのですが、案の定自分のしゃべり過ぎでした。自分にはやっぱりしゃべりたくなる性質があるのです。ふだんは自分からはそれほどしゃべらないのですが、その反動が授業に出たり、こういう文章になったりします。
 週の最後が一番ハードな日というパターンの一週間です。これがいいのかどうか。とにかく授業日なのに疲れが来ているというのではいけません。でもですね。家に帰り着いたときの解放感はかなり大きいですよ。
 きょうはのど自慢がバンクーバーに来るそうです。あと一時間半くらいで放送なのですが、どうももちそうにありません。お休みなさい。

■週末(2003.7.4 Fri)
 金曜日の夕方、眠くて仕方がありませんでした。なるほどこう暑いと日中でもうばててしまいます。そこに地下鉄の冷気が心地よくて、すっと眠りに落ちていくわけですね。きょうは僕も電車に揺られながら少しネプカケしました。ただ、明日は休みではありません。帰ってからも眠いので、ちょっと仮眠をとりました。起きると午後11時でした。
 外はピカピカと雷が光って、今にも雨が降り出しそうです。きょうから、市内のあちこちでストリートフェスティバル。音楽やら踊りやら、さまざまなイベントがあるようです。僕は明日があるし、眠いし、出かけませんでしたが、今、はしゃぎながら帰ってきたアパートの住人たちの声がしています。いかにも夏の夜という感じです。
 明日の授業日もまた暑くなるのでしょうか。これでは勉強の能率も期待できません。久しぶりに僕も授業をしますが、とにかく楽しくできたという時間になればいいなと思っています。

■盛夏の候(2003.7.3 Thu)
 きょうの帰りの地下鉄では、居眠りしている人が目立ちました。きょうも一日暑かったし、週末も近づいているし、地下鉄の中は適度に冷房が効いているし、居眠りするには気持ちいい状況だったかもしれません。ほんとうに日中は毎日暑くて、仕事に集中できないという感じです。
 きょうの新聞にはこんなことが書かれていました。バンクーバーのオリンピックが決まったことは、トロントにとっては損失だと。なぜなら、トロントは2008年の候補として北京に負けてから、その4年後の2012年の夏のオリンピックを狙っていたらしいのですが、2010年のバンクーバーが決まったことでその思惑も消えてしまったというのです。二期続けて同じ国というのはまず考えられませんから、トロントとしてはまた夢が遠のいたわけですね。
 でも、それほど躍起になってオリンピックを招致する必要があるのかどうかはわかりません。祭りの後をどうするかという問題は、どこでもなかなかたいへんなようですから。それに、トロントにはオリンピックは似合わないという気もします。オリンピックほどの「世界的」なイベントでさえ、どこかかたよったフェアじゃない感じにさせてしまうような、そんな多様性がこの街にあるからかもしれません。
 ところで、カナダでは夏は楽しむためにあるといわれているそうです。長い長い冬にひたすら耐え、夏には時間を惜しんでキャンプやらサイクリングやら旅行やらといろいろなことをめいっぱい楽しむ。それがカナダ人の過ごし方なそうです。学校も2か月まるまる休みですし、仕事だって2週間連続して休みをとるというのも珍しくはないそうです。そういう生活にメリハリをつける姿勢はいいんじゃないかなあと思います。
 あさっての授業に必要だったので、トロントと盛岡の月ごとの平均気温を調べました。そうしたら、どの月も最低気温と最高気温ともにほとんど変わりありませんでした。しいて違いをいうなら、冬はトロントの方が少し寒いということくらいです。盛岡でいちばん暑いのは8月で、トロントでは7月。夏の暑さは数字上は違いがほとんどありません。
 ところが、トロントでは2か月の休みがあるのに、盛岡の学校では25日しか夏休みがない。この差はいったいどういうことなんだろうと不思議に思いました。カナダでは9月入学6月卒業ですから、システムの違いが大きいのでしょう。でも、日本国内のことを考えても、不思議なことがあります。盛岡を含め岩手の学校の多くは、一般的な40日の夏休みではなく、だいたい25日前後です。その分冬休みも同じくらいの日数の休みになるのですが、聞くところによると、岩手より夏休みが短いところはほかにはあまりないようです。あれれ北海道は、どうでしたっけか。
 別に夏休みを40日にしようということを訴えたいわけではありませんが、この他県との違いはどこからきているのか知りたくなりました。岩手の場合スキーというウインタースポーツもありますから、学校を休みにしてスキーをする時間を確保するということなのでしょうか。それをいうなら、カナダだってオリンピックをやるくらいですからウインタースポーツのメッカです。ただしトロント近郊にはスキー場はあまりないらしいですが。
 これは調べれば解決できそうなテーマではあります。でも、あえてカナダで追求することでもないのでとりあえず先送りです。これにはきっと「楽しむ」なんてことを考えることすらできなかった岩手の、貧しくて悲しい歴史が関係しているのではないかという予想もできます。もし、これだという答えを知っている方がいたらお便りください。

■2010年(2003.7.2 Wed)
 2010年の冬季オリンピックがバンクーバーで行われることが決まりました。きょうはそのニュースでもちきりです。どのチャンネルでも、発表の瞬間が何回となく繰り返されています。オリンピックを支えるボランティアのことも取り上げられています。カナダではモントリオール、カルガリーがオリンピック開催都市として知られていますが、それらの大会でのボランティアの実績が評価されたのかもしれません、ちなみにトロントも2008年の候補になりましたが北京に破れた経緯があります。
 バンクーバーはカナダのずっと西の端、トロントとは3時間の時差があります。カナダ全体は6つの時間帯に分かれていて、東の端のニューファンドランドと西の端、バンクーバーのあるブリティッシュコロンビアでは4時間半の時差があります。ですから、ニュースで各都市を結ぶリレー中継では、各都市の時間が異なるということになります。トロントは夏には暑く、冬には厳しい寒さになりますが、バンクーバーでは冬温暖なかわりに、夏は雨が多くて気温も低いのだそうです。
 オリンピックのあり方にもちょっと疑問がありますから、喜び一色の報道を見ていると複雑な思いがします。でも、いろいろと災難続きのカナダにとっては、大きなグッドニュースだったようです。
 2010年といえば、「2001年宇宙の旅」の続編の「2010年」です。僕は試写会で観たのですが、当時はまだ米ソの冷戦の最中で、映画の内容もその時代を反映したものになっていました。確か、地球上では二国の関係が悪化したが、宇宙ステーションでは協力して人類の危機を救うというような話ではなかったでしょうか。最後、木星が第二の太陽になって、二つの太陽の下で人類は仲良く暮らすのでした。
 2010年なんて先の話と思っていましたが、確実に時間は進んで今にすぐ現実のものとなります。1999年も、2001年も、そういう感じで通り過ぎてきました。20世紀末はもう過去であり、いまや21世紀前半の世界です。どんな未来が待っているのか。ひじょうに楽しみです。

■今月は敬体でいきますよ(2003.7.1 Tue)
 カナダデーというのはカナダの建国記念日ということらしいです。CBCをはじめとして、テレビ各局では朝からハッピーバースデーカナダ!というトーンで特別番組が放送されています。現在午後9時を回ったところ。アパートの近くのメル・ラストマン・スクエアという名の広場で、これから花火があります。さっき会場に行ってきましたが、ものすごい数の人でごった返していました。みなそれぞれカナダの国旗を持ったり、カナダと書いたTシャツを着たり、顔に国旗を描いたりして、広場が紅白に染まっている感じです。国旗を縫い合わせて作ったような服に身を包んでいるお兄さんもいました。ステージの音楽はどうだろうと思ったのですが、混んでいてそこまでたどり着けなかったので、花火の時間に出直そうと思い、部屋に戻ってきたのです。
 それにしても、カナダの人たちはカナダがとても好きなんだなあということを感じます。「カナダが好きだ、いい国だ」という言葉をよく耳にします。移民の方が多いので、その方たちが移民先の国に好意をもつのは当然の話ではありますが、ここまで純に「この国が好きだ」と言えるというのは、日本ではわからなかった感覚です。
 日本でもしかりに、「僕は日本が好きだ」とまじめな顔をして言ったら、周りの人はどう思うでしょうか。「そうね私もよ」と素直に共感して、わが国の将来のことなど語らうことになるでしょうか。それとも、ちょっとこの人なあにといぶかしがられるでしょうか。
 自分の国のくせに、なんとなく日本が好きだとは言いにくい空気があるような気がしてなりません。むろん僕は日本が好きだし、だからこそ日本の未来を担う子どもたちの教育に当たる仕事に就いています。だけど、愛国心に関する話となると、なかなか語り合うことは難しいと感じてしまう。みなさんはどうですか。これって、僕だけの偏った見方でしょうか。
 これはなぜだろうと考えてみると、僕は戦後処理の問題が大きいのではないかと思っています。旧日本軍の中国や朝鮮での殺戮やアジア諸国での非道について、日本国政府は未だに正式な謝罪をしていません。謝らないどころか日本は、周辺諸国の人々の感情を逆撫でするようなことを平気で行ってきました。歴代の首相たちの態度だって、高慢にとられても仕方がないと思います。なぜ謝ることなしにここまできてしまったのか。戦争を知らない若い世代の日本人の心にさえ、このことは暗いかげを落としていると思うのです。
 トロントには、中国人や韓国人がたくさんいます。そして、彼等の多くがさまざまな商店で働いています。その中には、寿司や天ぷらの店を営んでいる人や、日本食材を扱う店を営んでいる人がたくさんいます。いちばんはじめに寿司屋に入ったときは、もちろん日系の人だろうと思って入りましたが、アンニョンハセヨという挨拶でした。そして、コリアン?ときかれたので、ジャパニーズと答えると、英語のメニューを持ってきたのです。それから寿司といっしょに出てきたのは、ごま油風味の海藻サラダと、キムチでした。これはこれでおいしいし別にどうということはないのですが、たとえヘンな日本料理を出されたとしても何も言えない自分というものも確かにいるのです。
 日本人でいることを誇りたいし、堂々としていたい。だけど、彼等と接する時には、日本人であることの後ろめたさとでもいうような、スタートラインにはっきりとしたハンデが与えられているような、まだ同じ土俵に立てないような、そんな妙な気分に取り巻かれてしまうのです。
 ここでは日本人が少数派だからということもあるかもしれません。でも、そればかりではないような気がします。日本の外に出てみると、祖国に守られている感覚はゼロですから、かえって「日本人であることを背負っている自分」が前面に出てきてしまうのではないかと思います。「謝罪していない」ことが、日本人一人一人にとっての国際社会の壁をさらに高くしていることを、日本政府は重大に受け止めるべきだと思います。
 今、花火を見て帰ってきたところです。広場はたくさんの人で埋め尽くされていました。待って待ってようやく打ち上げられたファイヤーワークスは、日本の花火を見慣れた人であれば、「バカにするなよ」といって本気で怒りたくなるくらいちゃちな代物でした。それでも歓声を上げている人は大勢いましたし、子どもたちもキャーキャー喜んでいました。そんな人たちに、日本の花火を見せてやったらきっとみんな腰抜かすぞ。というくらい、日本の花火は世界最高級ではないかと思います。