2006年4月
■domingo,30,abril,2006
 4月最後。きのうのうちに届いていたあたらしいコンピュータをセットアップする。いろいろなものが必要になって、デンコードーに買いに行く。マッキントッシュにウィンドウズを入れて使うというやり方を実践してみる。特に、サイトの更新はいまやホームページビルダーですっかり慣れてしまっているので、ウィンドウズが使えるとかなりありがたい。この陽気で桜が一気に開きそうだ。

■sabado,29,abril,2006
 4月も終わりというのに桜も咲いていない。今年は咲くのが遅いと何人かが言っているのを聞いた。たしかにそんな気もするけれど、以前はこの連休あたりがちょうど見ごろだったことを覚えている。人間の記憶はあいまいだ。殊に、気象や季節のことについては、年毎に人々の認識は変わっていくものだと感じる。地球温暖化がさらに進んで、我々はいずれ茹で蛙のようになってしまうのではないか。
 夕方からふらっと台温泉に出かけてきた。帰国したらすぐさま温泉へと思っていたが、きょうまでできなかった。精華の湯という日帰りの施設で、あまり広くはなかったが、ヒノキの香りがよかった。自宅から十数分のところにあるふるさとの宝。このありがたさにこれまでは気がつかなかったな。

■sexta-feira,28,abril,2006
 週末。そして4月最終。かといってそれほどの解放感もない。ゴールデンウィークを迎えるが、どこに行きたいということもなく。多忙なムードの中に浸ってはいたけれど、自分自身はそれほどの仕事をしたわけではけしてない。これまで培った力など、まったくお呼びでない状況が続く。何のために、という言葉が頭を掠める。けして、この4月を乗り切るために行ってきたのじゃあない。まだ何も始まっていないのだ。やるべきことはこれから。そこで初めて自分が試されるのだろう。

■quinta-feira,27,abril,2006
 朝の時間にちらと何かを見るくらいしかできなかった。きょうはある意味で自分の真価が問われると言ってもいい行事だったのだが、それほどの価値を感じている人など、いなかったのかもしれない。結果、気負うこともなく流れに乗ってこなすことができた。夜には夜で歓迎会の2回目だったのだが、酒も飲まずにこれもこなすことができた。いろんなことを考える。けして熱くならず、怒ったり失望したりすることもなく、ただ事実を事実のままにみようとする。目指すべきはどこか。今は見定めることが大事なような気がする。

■quarta-feira,26,abril,2006
 まだ水曜日?一月前のことなどどこかに行ってしまった。一日後のことすら視野に入っていない。忙しく働いている同僚たちには申し訳なく思うけれど、仕事のなかみがあまりみえない。重要性や必然性がはっきりしない。とにかく流れに乗ってみる。とりあえず、やれるだけのことをやってみる。それしかない。今夜は比較的早く退く。ぼーっとする時間も大切。しかし、ぼーっとしすぎて何もせずに寝てしまう。

terca-feira,25,abril,2006

 毎日何かを感じているくせに、すぐにそのこと自体を忘れてしまう。まだまだ自分のリズムが作り出せていない4月最終週。

■segunda-feira,24,abril,2006

 午前中を終わらせると午後は外に出て6時過ぎまで。住所と地図さえあればなんとかなる。だいたい予定通りに進められるのはいつものことで、10分という時間も、必要なことを必要な分伝え合うにはちょうどよくて、まず最初の挨拶としては大切なことだ。だが、落ち着かない。今週はこの調子で落ち着かない日が続きそうだ。

■domingo,23,abril,2006
 起動して2、3分するとコンピュータの画面が消えてしまうので使い物にならない。ディスプレイのバックライトがどういうわけか途中で切れてしまうようだ。修理には出したいけれど、その前にデータをバックアップしておきたい。そのためには、画面が見られるうちにDVDに保存できるようにしたいのだが、もたもたしているうちにまた画面が消えてしまう。そんなことを繰り返しているうちに、何日も経過してしまった。平日は平日で、帰宅して飯を食ったらそれで終わりという日が続き、日記さえまともに書けない状態が続いている。毎日の記録は途切れさせたくないから、とにかく後追いになってもいいから続けようと思っている。
 以前から考えていたことだが、この際新しいコンピュータを買おうと思う。マッキントッシュのインテルが搭載された機種では、ウィンドウズも動くらしい。もっぱら家で使うつもりだし、ノートではなく本体とディスプレイをばらばらに買ったほうが、どちらかが壊れたときの対応もしやすい。それで出した結論は、MacMini、それにアップル純正のシネマディスプレイ。というわけで、さっそく注文した。こうやって、2、3年に一回は新しいコンピュータを買うことになる。ワープロだった時代など、いつの間にか遠くに遠くに行ってしまった。

■sabado,22,abril,2006
 毎週土曜日は朝8時から練習がある。穏やかな春の日。緩やかな気持ちが表情にあわられるような感じ。昼の休憩を挟んで、今度は盛岡に会場を移してまた練習。一生懸命な姿を見ながら、学ぶべきはすべてこちらであるような気がしてくる。これだけひとつの物事に打ち込む経験が、はたしてあっただろうか。われわれが良かれと思ってやっていることは、集中させることではなく、実は意識を散漫にすることではないのだろうか。そんな疑問がちらと浮かぶ。たとえ反省によってその人間が立ち直れなくなるとしても、反省は大切だ。

■sexta-feira,21,abril,2006
 先週に比べれば今週はものすごく早い一週間。疲れは残っているけれど、最高に楽しいことは変わりない。きょうから水曜日までは午後から現場を離れて家庭 を訪問。さまざまな大人の人たちと接する。

■quinta-feira,20,abril,2006
 3日などあっという間だ。朝に増上寺の境内を散策した頃にはまだ雨はなかったが、お台場海浜公園に着いた頃から風が強くなり、集合時間にはもう台風のよ うな激しい雨風が吹き荒れていた。それでも上野に着いたときには晴れ間がのぞき、全体の記念写真さえ撮影することができた。
 帰りの新幹線は2時間ちょっとだった。解散してから、後片付けや必要な連絡をし、簡単な反省会に臨む。さらに、翌日の準備で遅くなる。睡眠時間はじゅう ぶんでなかったが、そんなことはどうということではない。やるべきことをやる。ただそれだけ。

■quarta-feira,19,abril,2006
 朝から単独行動となる。東京タワー近くの宿から徒歩で新宿を目指す。もう桜も葉桜となった街。意外と緑が多い。ゆっくりゆっくり歩いてはときどき入る連 絡に対応する。途中、麻布十番という商店街を歩く。辻辻に置かれている彫刻を見ると、それぞれヨーロッパなどの外国の作品である。なぜ日本の商店街なのに そうなのかと不思議に思った。もしかするとここらへんには外国人が多いのだろうか。もしかりにそうだとしても、どうなのだろう。
 しばらく行くと六本木ヒルズというところにたどり着いた。こういうところなのか。何一つ面白いとは思わない。こういうところもあるのだ。ここばかりでは なく、この手の新興の区画というのはトータルな街という気がしない。そこだけ主張が強すぎて、東京の街の構成要素としてのバランス感覚が備わっていないよ うに思える。ヒルズという名前も、それだけですでに調和を欠いている。
 地下鉄に乗って、新宿副都心に行く。駅のパン屋でいくつか買って、都庁の前の公園で食べようと思うけれど、きれいなところなどない。公園をすみかにして いる方もたくさんいて、ひどく生活臭のきつい場所だった。「新宿ナイアガラの滝」と名付けられた人工滝のある広場の、少し高い縁石に腰を下ろして昼食をと る。なぜこんなものがナイアガラと名付けられているのかわからなかった。
 夕方からは、ディズニー•リゾートに行った。シーのほうの担当だったので、初めて様子を見ることができた。暗くなってから水辺で行われたショーは見応え があったが、炎の吹き出した後に漂ってくる重油の臭いや、海上のミッキーマウスに思いっきり手を振る女たちの姿に感じたのは、日本て平和だということだっ た。日本ほど平和な国はない。僕は仕事以外でここに来ることはないだろう。

■terca-feira,18,abril,2006
 まるでまだリハーサルの中にいるような気持ちのままに、本番がスタートした。午後には渋谷の騒がしいコーヒー屋の隅で、慣れない携帯電話の操作に四苦八 苦しながら、次々と入ってくる連絡の応対に追われていた。なんの面白みも感じない、それが仕事の最中ならば。この首に縄をかけられたような状態での自由時 間に、何ができるというのだろう。どこに行ってもいやな湿気と熱がつきまとって、気持ちが悪かった。
 夜には東京タワーの展望台に上った。最上階に上るための長蛇の列ができ、ずいぶん長い時間待たされた。10年前に来たときとは雰囲気が違っていて明る かった。夜景は確かに美しかったが、あまり目には入らなかった。どうしても東京一極集中のことが頭に浮かんで、腹が立つような心地だった。いかにも団体旅 行のコースという感じがどこかおかしかった。

■segunda-feira,17,abril,2006
 忙しいとか時間がないとか言う資格はまだない。何も仕事をしていない。ただ流れに乗っかっているに過ぎない。実質的に全体を動かしているのは、すべてに おいて力のある方たちである。この方たちの言葉や動きから、できるだけのことを学ばなければならない。
 しかしとにかく、明日から3日間の東京出張は、かなりの大きなものになる。これを成功させない限りは、ここのメンバーになることはできない。どうも自分 自身が何もできないことを言い訳したくなっているのかもしれない。「来たばかりで仕方ないじゃない」。そう言ってほしいのではないか。仕方ないんだ。仕方 ないから、できることしかできない。できることをすべてやらないとしたら、そのときに誰もから見放されてしまう。ただそれだけだ。


■domingo,16,abril,2006
 7時前に出勤。大型バスに乗って盛岡の運動公園まで。時折小雨が入り交じる中、伝統の継走大会の応援が行われた。いわゆる「市内」の学校は、多くが全校 でやってきており、応援というか集団の展示会場のようなおもむきがある。この場に来たのは就職してからは初めてのことで、なるほど毎年この日にはこんなこ とになっていたのかと今更になってわかった。今までは、ほかの大会やら試合やらに出なければならなかったから、たとえ来たくても来ることができなかったの だ。この大会に関しては、岩手の伝統的な営みであり、とやかくいう筋合いではない。だが、自分が中学生の時分にここに来たことがあったかどうか。まったく 記憶がない。いちばん一生懸命になっているのはもちろん選手たちだろうが、次に一生懸命なのはだれだったろう。

■sabado,15,abril,2006
 平日と同じ時間に出勤。きょう初めて自転車で出かけた。朝のうちはまだ風が冷たかったが、昼には暖かくなってサイクリングにちょうどよくなった。午前中 いっぱいで仕事を終えて、あるお宅を訪問する。住宅地図を見て、迷いながらではあったけれど、意外と簡単に見つけることができた。面会した時間はわずか だったが、大きな収穫のあった日だった。
 夕方から盛岡の車屋に出かけた。今月は間に合わないと思っていたのだが、思いがけず納車が早まったのだ。ゆっくり運転して帰ってきた。久しぶりの右ハン ドルも、左車線も違和感はなかった。まるで自由の翼を得たような気分がした。

■sexta-feira,14,abril,2006
 恐ろしく長い一週間を終える。ひとまず一段落ではあるけれど、土日は土日で仕事がある。またこういう暮らし方が始まった。いつでも、新しい環境に慣れる までには時間がかかる。早い人と、遅い人がいる。自分は万事暢気にのろのろとやっていて、その分息が切れなかったり、ときどき息が切れたりする。
 3年のブランクがそう思わ せるのかもしれない。でも、そうは思いたくない。正直言うと、この仕事についてから、これほど楽しく日々を感じたことはない。一 見おもしろくなさそうな、いやなことでも、それを自分から楽しむ心構えというのが、以前よりずっとできているような気がする。いろいろなことが錯綜して、 頭が混乱する。理不尽なことに頭を傾げることもある。だけど、すべてが楽しく感じる。
 
■quinta-feira,13,abril,2006
 きょうは少し早く帰るつもりだったけれど、帰宅は10時前になった。時刻表を見て、この時間に出れば間に合うと確認するのだが、仕事をしているうちに忘 れてしまう。だから、いくつも逃してしまう。帰ると決めたらそのことだけ考えればいいのにと、自分に呆れてしまう。
 8時半頃の電車の逃すと、1時間近く電車がない。
先 週のいつかと同様に、国道まで出てラーメンを食べ、時間を潰す。帰国してからというもの、ラーメンのうまさに感動しっぱなしである。これは素晴らしい日本 の食文化だ。それ以外にも実は、食べたいものがたくさんある。回転寿司にも行きたいし、モスバーガーのドライブスルーにも入りたい。以前よりも、日本人の 食に対する姿勢に興味が沸いている。

■quarta-feira,12,abril,2006
 現場を良く見る、現場の声を良く聞く、ということがいちばん大切だ。現場主義と一言で言うけれど、それを実践するのはなかなか難しい。事件は現場で起 こっているというのはドラマの台詞だが、なるほどあほな上司はそれをわからないし、あほな上司に使われることほど不幸なことはない。でも、自分の仕事の不 出来をあほな上司のせいにするというのは、まったく別な話である。何事も人のせいにしたらおしまい。人のせいにする人間であるという時点で、勝負はすでに ついている。どんな仕事でも、免許剥奪だ。
 これだけ規模が大きいと、細部などまで手が行き届かないことも出てくる。しかし、それを規模のせいにしてはいけない。それは、もう10年以上も前に学ん だことではなかったか。人を見る目というのは、そんなものではない。40人の人間を見る目のない者は、目の前の一人の人間さえ、見ることができないのだ。

■terca-feira,11,abril,2006
 職場の歓迎会があった。同じ職場で二度の歓迎を受けるというのも、あまりないことだろう。以前との違いをさまざま感じるが、対象の本質が変わったという よりも、自分自身のものの見方が変わったという点が大きいのかもしれない。あるいは、ものを見る精度が、少しは上がったのかなという気も。でもそれは思い 上がりか。
 まだ、馴染んでいる段階ではない。毎日毎日必死で食いついているのだが、皆が言っている意味を噛み砕くだけで精一杯だ。だから、会話に挟めないという か、自分の言葉を発するまでに至らない。何を話したらいいのか。これは自分自身ひじょうにもどかしい。

■segunda-feira,10,abril,2006
 年度はじめの混乱のいちばんの原因は、自分が異動してきたということかもしれない。だけど、とても楽しい。こんなに生き生きと動いているのは、ずいぶん 久しぶりのような気がする。いい意味で、全部のバランスを崩せればいいと思う。ぶっ壊したいとさえ思う。混乱の先には、今までと組み替えられた新しいパズ ルの完成形がある。もっと強い結びつきに、もっとかけがえの無い関係に、組み直す。それがなけりゃ、次年度に進む意味はないから。そして最後には、すべて の人間に、ここでよかった、この一員でよかったと思わせなければならない。偶然を必然にする過程。そのためにこそ存在する。
 配属されたところは職場の中でおそらくもっとも学びにふさわしい部署だろう。これはひじょうに幸運なことだ。それに報いるためにも、もっと学ばねばなら ぬ。でも、じゅうぶんに休まねばならぬ。月曜日を終えてこれでは、三日目を終えてこれでは、体が持たぬ。

■domingo,9,abril,2006
 何もない日曜というのも、これが最後かもしれない。仕事のことは何も考えない。午前中はぼーっとして過ごし、午後から花巻に出かけた。文房具屋と電気屋 で用事を済まし、住宅街を通って国道4号線に出、そのまま北上する。天気もまずまずの休日なのに、とにかく道には誰も歩いていない。みんなどこに行ってし まったのだろうという感じ。バスの時間を見ながら歩いたら、いつの間にか花巻空港まで来てしまった。まだ、旅のことを考えるまでには気持ちが至っていな い。売店で、県産品をいろいろと眺めてみる。さまざまな業者が工夫を凝らしていることはわかるが、売れ具合があまり芳しくなさそうなものもたくさんある。 観光客にとっては、土産に何を選ぶかはどうでもいい話である。地元の人間が、地元の物産にもっと関心をもって、日常的に買うようにしなければいけないよう に思う。というわけで、地酒ようかんというのを一本買って土産にした。ちょっと散歩に出たら、こうやって地元の品を何か一品買うようにしよう。

■sabado,8,abril,2006
 歯医者に行く。例によって神経麻酔が効かない。きょうは効かなくても我慢して、治療してもらうつもりでいたのだが、前回にも増して激しい痛みを感じるく らいだった。先生はまた「おかしいですね」と言いつつも、きょうは是が非でも治療してやるという意志が、強引な手さばきから感じられた。もうじたばたして も仕方がないから、この先生に全部お任せするしかない。
 この痛みに全身を集中させる。いま歯の神経が刺激を受けて、その電気信号が脳に伝わり、痛いと感じているのだ、などと、痛みを客観的に把握しようとす る。痛みも快感も同じ仕組みで伝わるのだと思ったら、ちょっと嬉しくなった。リアルな体験、生きている実感などと言っては大げさか。
 1時間を越える格闘の末、僕の奥歯の神経は取り除かれた。「痛みの元は取れましたから」「たいへんでしたね」そんな言葉をかけられたら、なんだかおかし くなって声を上げて笑ってしまった。背中から腰にかけて汗でぐっちょり濡れていた。あと何回通うことになるのか。本人さえそのつもりなら医療体験さえ楽し める。嫌だけど。
 きょう封切の映画「プロデューサーズ」(The Producers)を観た。雨降りとはいえ、初日の土曜というのに観客はまばら。ちょうど始まりの時間に建物の前を通った。トロントで観たミュージカル だったことに引かれて劇場に足が向いた。二人の主人公の配役は舞台と同じで、音楽はもちろん演出も舞台の雰囲気もそのままの映画だった。内容はかなりふざ けたものなので好き嫌いがはっきり分かれるだろうが、基本的にこの手の歌って踊るミュージカルが僕は大好きだ。おかしさと懐かしさに、涙をこぼしながら 笑った。ほんとうは声をあげて笑いたかったけれど、まわりの観客がほとんど笑わないので、声を押し殺していた。ほんとうは歌の終わりで拍手したいところ だったけれど、それもできなかった。ゲイの人々が登場したところで、前に座っていたサラリーマン風の男が、もう堪えられないという表情で退出 した。バ ケツ入りのポップコーンにコーラなどという飲食物の持ち込みもなく、日本の映画館とはこんなにも大人しいところだったかと驚いた。でも、字幕をあまり見ず とも内容が理解できた点はひじょうに嬉しい。なるほど意訳というか、韻を踏んでいるところなどの訳はちょっときびしくて、そこには字幕など無いほうがいい と思った。ときどきこうして洋画を観ることは英語の勉強になることは間違いない。
 本屋を見て、牛タン屋で飯を食ってから、飯岡まで歩き、そこから電車で帰った。

■sexta-feira,7,abril,2006
 次から次へと目まぐるしく動く一日。能力というか要領というか、足りないものだらけなことを実感させられる。ただ、必要以上に卑下したり自己嫌悪に陥っ たりすることもない。とにかく自分に何ができるのかを追求して、そのための準備を怠らないようにしよう。
 気づかぬうちに遅くなった。帰りの電車まで間があるので、国道沿いのラーメン屋に寄った。そこで生ビールを飲んだ。電車通勤そのものには不満はないが、 電車の時間にこちらの行動を合わせなくてはならない状況が続くのはおもしろくない。

■quinta-feira,6,abril,2006
 ほんとうは楽しくてしかたなかった。だが、すべてが思うように運ぶわけではない。いいスタートが切れたと言い切れるかどうかはわからない。要は、これか ら連続していく日々をどう構成していくかだろう。

■quarta-feira,5,abril,2006
 朝からの気持ちの推移を振り返ってみると、浮き沈みの激しい一日だった。翌日のことを思うと気持ちが昂ぶる。さまざまな場面が想定される。そのときどん な言葉で語るか。それにすべてを傾ける。

■terca-feira,4,abril,2006
 夜になるとこの眠気。10秒で眠りに落ちそう。少しずつ思い出す感覚。もう十年以上も前に関わった人たちの顔が、夢でリアルに蘇る。問題を起こしたかれ らと自分との安定を欠いた位置関係。そこからいったい僕らはどうやって関係を構築することができたのだろう。
 ゼロからの言葉で思いを綴ろうとするけれど、思ったように出てこない。大人の言葉になっているわけでもなく、要点を見失っているわけでもない。おそらく はそれがまだ顔の見えない相手だからに違いない。かれらのまだ見えない顔を、思い浮かべることが必要なのだ。今夜はこの眠気と闘いながら、少しでも言葉を 紡がねばならぬ。

■segunda-feira,3,abril,2006
 必死でしがみついていなければ振り落とされてしまうというような雰囲気で、新しい年度は始まった。考える速度が追いつかない。だから、動きも緩慢であ る。そういう自分がここに放り込まれるのは感謝すべきことだ。間違っても、人のことを悪く言ったり不満を洩らしたりしたらいけないと思った。どうしてかわ からないけれど、すべての人より自分が下だという感覚。いつまでもこれではいけないけれど、同時にいつまでも忘れてはいけないことでもあると思った。

■domingo,2,abril,2006
 昨日は土曜で今日が日曜。一日中荷物の整理をしていた。だいぶ片付いたけれど、まだまだ。仕事の準備もそこそこに、緊張感だけが少しずつ高まっていく。 泣いても笑ってもとにかく明日が第一日目。元気に参ろう。
 東海道五十三次を歩いて回る番組が始まるという。仕事とはいえ、そんな体験ができるなんて素晴らしい。たくさんの宿場町を見てみたい。予告編を見ていた ら、自分もやってみたくなった。東海道に限らない。奥の細道だっていい。一度に東京から京都まで歩くには何か月もかかるだろうがそこは考えようで、毎年 ちょっとずつ進んで何年かかけて踏破するのだっていい。たとえば今から始めて50歳までに踏破するなら、1年に5つくらいの宿場を回ればいいことになる。 夏あるいは冬に1週間くらい休みを取るくらいでできそうだ。夢が膨らむ。
 思い立ったが吉日というが、そんな江戸の旅に思いを馳せるのは、今宵が新年度前夜だからなのかもしれない。気持ちが現実逃避しかけているのだろうか。い やいや、それはそれ、これはこれである。コツコツと計画を立てて実現を目指してみよう。

■sabado,1,abril,2006
 今月は近所から撮った田んぼと早池峰山の写真。ここからだと岩手山は小さくしか見ることができない。それに比べると早池峰山はかなり大きい。また近いう ちに登ってみたいと思っている。

 高校時代からの友人に会いに、昼前の電車で盛岡へ行く。きょう開館したという駅の西口の県の施設を見学する。建築物としてはとてもおもしろい。エスカ レータがまっすぐ伸びたところや、吹き抜け天井の上の照明を見ると、京都駅の建物を思い出した。いったい誰が設計したのだろう。大きな彫刻類はいったい誰 が創ったのだろう。この建物はいったい何のために造ったのだろう。いわゆるハコモノ施設。これからここがどんな使われ方をするのか、問われているのはいっ たいどこだろう。
 待ち合わせ場所のとあるローソンまで歩く。天気がよくて、岩手山がくっきりとしていた。だが、冷たい風が強かった。すっかり変わっているところと、まっ たく変わっていないところがあった。以前はそれほど歩くことがなく、散歩して看板の文字を読むなどということもなかったから、どこも新鮮に映った。
 時間に行くと友人はまだ来ていなかった。そこで、かねてから試してみようと思っていたことを実行した。120円のガムをクレジットカードで購入。「これ 使えますか?」と聞くと、若い店員は一瞬戸惑ったが、傍で見ていた店長らしき人が手順を説明し、店員はその通りに会計を処理した。コンビニでカードを利用 するつもりはないが、使えることが確認できたのでうれしかった。
 友人の車で家まで行くと、そこで家族を乗せて、いっしょに近くのラーメン屋に行った。驚いたことに友人の子どもはこの春から小学生だった。挨拶も立派に できる利発そうな女の子だった。前に会ったときにはまだ歩く前の赤ちゃんだったのに。
 ひっきりなしに客が訪れる人気店で、ラーメン屋の番付でも東北で上位につけているという店だった。そこで、ラーメンとおにぎりを食べた。食べながらあれ これと話をした。ひじょうにうまかったので、あとでまた食べに来よう。家に戻ってからは、あれこれと話をしているうちに時間が過ぎた。途中から日本酒が 入って、話しながらついつい飲みすぎた。同級生の何人かに電話をかけて、久しぶりの声を聞いた。大変なことはあるがそれぞれ元気でいてよかった。
 あまり遅くならないうちに駅まで送ってもらった。なるほど故郷に住むというのはこういうことか。これからもたまにいっしょに飲んだりすることがあるだろ う。そういう時間は大切にしたいと思った。