2007年9月                              

■domenica,30,settembre,2007

 きょうは早朝から夕方まで仕事となった。戻ったのは四時半頃だったが、もうその頃にはなんのやる気も消え失せてしまっていた。携帯電話でメールを打つと時間がかかる。だが、絵文字や顔文字といったものも使いようで、ちょっとしたニュアンスを表現できる。だから、たまにやる分にはおもしろい。

 きょうは節目の日だ。夜は寒くなってきた。まるでストーブでもほしいくらい。これではもう半袖短パンでは風邪を引いてしまう。そして明日から衣替え。夏の間どうにかしようと思っていた服さえ、そのままハンガーに架けている。また今週も慌ただしくなりそうだ。せめて気持ちだけはゆっくりとあり続けたい。

■sabato,29,settembre,2007

 父が他界して9年。明日の命日を前に墓参に行く。清々しい朝の空気。コスモスの花と青空。そして背景には緑の山々。赤とんぼも飛び始めている。最高の季節は今だ。大きな山栗が落ちていたが、開けてみるとすべて虫食いだった。

 昼から3時間程度の仕事。きょうはいつもとは違って早めに退けた。そこで、パン屋に寄ったり本屋に寄ったりして少しゆっくりとした時間をとることができた。車の中ではラジオを聞いた。関西弁のアナウンサー。とぼけた調子の語りが小気味よい。午前中はあれほどの青空だったのに、午後になったら雲が多めになった。

 夜には嘉司屋で鴨せいろを食べた。すっかり涼しくなった。温かいそばの汁がうまい季節になった。

ボワ・ド・ヴァンセンヌ

■venerdi,28,settembre,2007

 朝から動悸がする。毎日なんとかこなしてはいるけれど鏡をのぞくと疲れた顔になっている。それほど日々がハードかと問われればそんなことはないけれど、我慢していることは多い。我慢強さにかけては誰にも負けない。しかし、我慢が高じるとあちこちに表れてしまう。情けないが自然の反応。て、これじゃ我慢強いことにはならないか。

 一休さんの「気にしない〜気にしない〜気にしない〜♪」というフレーズが頭の中に鳴り響く。何があってもあまり腹を立てたり、落ち込んだりしない。笑って済ませるくらいの気持ちでちょうどよい。いちいち気にしてたら、ほんとうに死んでしまうよ。だからやっぱり一休さんですよ。

■giovedi,27,settembre,2007

 ほんものを求めることは容易でない。かといって、にせもので満足することはあり得ない。人知れず、にせものだらけの世の中に嘆息しながらも、探し続けることはけしてやめない。そういう姿勢で生きられたらと願う。そういう生き方を貫いている人から、どんどんいいところを吸収したい。

 ほんとうは、百パーセントの影響を受けて、自分自身がその人になったって構わないとさえ思う。ゆっくりと時間をかけて、人生をほんものに仕上げていく。そんなイメージ。

■mercoledi,26,settembre,2007

 話題が核心に迫ろうとすると、それを回避してしまおうとする癖がある。それってどういう意味? 例えばどんなこと? どうして? などというつっこみを入れればよかったのにと、後になって悔やまれる。そういうことが多いから、いいわけとして「ゆっくり」などと言っているのではないかと、自分自身を疑う。次の機会にきっと。

 

■martedi,25,settembre,2007

 ゆっくり深呼吸。エネルギーは満ちた。たとえ一日でそのエネルギーが尽きようとも、この日一日を全力で駆け抜けよう。そんなかっこのいいことを言って、一日でヘタってしまってはしかたない。でも、その日一日に全力を傾けることは、とても重要なことだ。

 その月のリンク集を設けようかなというアイディアが浮かぶ。毎月とはいかないまでも、やってみようか。

■lunedi,24,settembre,2007

 ほんものに会いに、朝早く家を出た。秋晴れの日、天気だけではなく気持ちもさわやかだった。ごく普段通りの会話。お茶。本。音楽。そして、ほんもののレストラン。ほんものの料理。ほんもののホスピタリティ。また忘れられない日がもう一日加わった。そして、帰りの車の中で感じた淋しさもけして忘れまい。

 すてきなほんものたちに囲まれて暮らせたら。日常のかたわらに、ほんものがいてくれたら。そんな気持ちがまた強くなった。未来とは、もっと私たちの望みどおりに創造することができる世界なのではないだろうか。

巴里の空の下で

 

■domenica,23,settembre,2007

 朝はアクティヴに墓参り。秋分の日には今年初めての秋らしい日。死んだ人々が、こんなにも残る人間を生かし続けているなんて。自分の一度きりの生を生きながらにして、もう何度となく生まれかわっている心地がする。それはたんなる血縁ではなく、言葉だけのつながりでもない。それは、時間と空間、天と地との間に彩られた世界のもつ、ゆるやかなうつりかわりだ。秋の花々や、芳醇な匂いを放つ果物の恵みの中で、そんな気分になる。

 パット・メセニーがブラッド・メルドーという若いピアニストと組んだコンサート・ツアーの仙台公演。せっかく仙台に行くのならと、昼に出てフルキャストスタジアムに行ってみることにした。さわやかな岩手と打って変わって今にも雨が降りそうな仙台は、湿気はあったが気温は低くて動きやすかった。仙台で初めての野球観戦。楽天西武戦は超満員で外野には座るところが全くなかった。芝生の外野なら寝転がって観られるかなと思っていたのだが、それはあまりに見当はずれだった。メジャーリーグに近づけたという球場の雰囲気はたしかによかったけれど、すべてがこぢんまりとしていて、観客も狭いところにひしめき合っていて、なんだかたいへんな感じがした。楽天サイドも西武の応援席も組織的な応援が繰り広げられていた。これに命をかけているような熱烈なファンらしき人々の姿もあった。僕は四回が終わったくらいのところでその場を後にした。

 榴ヶ岡の駅から電車であおば通まで。そこから地上に出て商店街をぶらぶらと歩く。アップルストアやHMVなどをみているとあっという間に時間が経った。公演まで一時間ちょっとというところで、裏手の喫茶店に入り休憩。ここがとても雰囲気の良い店で、コーヒーもうまかった。いいところを発見した。そこには、アルネとか、きれいな写真の載った本とかが置いてあった。リトアニアなどの街歩きについての本を買って帰るつもりが、店を出るときには忘れた。

 コンサートは言うまでもなくすばらしいもので、至福の2時間半を過ごすことができた。こういう世界の超一流のアーティストにふれることができてほんとうによかった。ほんものに出会うためならどれだけの距離も時間もお金も惜しくないと思えるのだった。

パット メセニー

カフェ ハヴント ウィー メット

■sabato,22,settembre,2007

 朝はアクティヴに病院へ。診察時間は一分にも満たず。まだ完全に症状が治まったわけではないが、医者の応対をみるともう特に来る必要がなくなった雰囲気。

 その足で、パンを買うためだけに盛岡へ直行。すぐに戻って、職場で二時間仕事。めどを立てるところまでいかぬうちに時間切れ。その後、場所を変えて四時間の、これも仕事。実質的に何をしたというわけではないけれど、頭はそれなりに働いていた。帰ってくるともう何もしたくない。

■venerdi,21,settembre,2007

 そしてきょうも暑い一日。午後には額の汗が止まらなかった。もっとも遅い真夏日の記録が更新されたという。この先もっと暑い時代がくるのだろうと思うと陰鬱な気持ちになる。

 やるべき事をやり残したままにウイークデイが過ぎ去り、再び三連休に入る。先週は体調も悪く、天気も悪く、ほとんど家から出ずの三日間だった。しかし、それで体調はかなり改善され、今度の三日間はアクティヴに過ごせそうだ。積み残した仕事は明日のうちにめどを立てよう。

giovedi,20,settembre,2007

 暑さのうちに一日が終わる。九月も三分の二が過ぎたというのに三十度を超えるなんて。いろいろのことを暑さのせいにしてしまえば簡単だが、暑くなくても、起きることは起きる。暑いと何をするにも煩わしく感じられるのが困る。ある意味もう気持ちがすっかり切れてしまっている。

 

■mercoledi,19,settembre,2007

 「幹線沿いの発想」とでも呼べる見方があるのではと疑い始めている。物事を縦と横の交わりでしか考えようとしないような。道には表通りと裏通りがあって、早く行くには表通りを通るべきという感覚が身体に染み付いている。斜めの道や裏道を通った方が早いのに、先入観が邪魔をしてそれがなかなか見えてこない。はたまた、盛り場というのは常に大きな道沿いにあって、小さな道沿いには何もないものだと、はなから決めてかかっている。序列をつける態度をもつといってもいい。

 この発想をしない人からすれば、どうしてこうも不自由な考え方しかできないのだろうと思うだろう。恐ろしい事に、そういう不自由な発想の持ち主だということに、自身はなかなか気がつかない。

■martedi,18,settembre,2007

 ひとつの物事に集中できない。体調がよくないせいもあるけれど、問題なのは僕らの仕事そのものの抱えることなのだ。いちばん大事なことを疎かにして、あれもこれもとやり過ぎるから、目的からは遠ざかる。忙しいということばは使いたくないけれど、もう声に出さずに我慢できる段階はとうに終わっている。声を大にして言わなければ、次々と犠牲が生じてしまう。職業的良心に頼むこともできないくらいの疲弊が、全体を覆っている。

■lunedi,17,settembre,2007

 雨が一日中降り続いて、静養にはもってこいだった。結局のところ、この三連休は何をするという事もなくゆっくりした。布団に横になりながらしばらく本を読んだりしたが、ときどき眠気が襲ってきて、本を支える手の力が抜けた。思えばいつも身体に力が入った状態で、休みの日といえども十分にリラックスすることもなかった。どこに旅するにしても、旅というものは緊張の連続だし、絶えず体中に力を込めていなければならないものである。思うに、仕事にせよ、遊びにせよ、何十年間も力の入りっぱなしの状態が続いていた。だから、そんな自分に訪れる病としては、これはとても似つかわしいといえるかもしれない。

 自他ともに認めるほどののんびり屋。そういう僕でさえ、振り返ってみるとなんと力の入った生き方をしてきたのだろうと思う。人生に対して、なんと力の入りすぎていたことか。今度はあれをしなきゃ、それが終わったら次は何。そういうふうに自分を駆り立ててばかりいた。そのため余計な焦りや苛立ちを感じて、できない自分に腹を立てた。でもそれでは疲れてしまう。だから、これからはもっとゆっくりと楽にやろう。

 自分を追い込むことのできるというのが強い者の条件だ。そういう言葉を最近目にした。そこに列記されていたいくつかの条件のうち、このことには特に違和感を覚えた。どうして自分で自分を追い込む必要があるだろうか。僕は誰にも追い込まれたくないし、まして自分のことを追い込むなんていうふうには考えたくない。追い込まれて強くなるような強さなんてほんとうの強さではないだろう。そんな強さならはなからめざすつもりはない。
  ゆっくりでいいし、弱くてもいっこうにかまわない。矛盾するようだけれど、そこがほんとの強さへの出発点とはいえないだろうか。

■domenica,16,settembre,2007

 安静にしていた日曜日。暇にまかせてページを少し変えてみた。暇だって? やろうと思っていたことはいろいろあったけれど、何一つ集中して取り組むことはできなかった。その挙げ句のインターネット。時間があっても、気持ちが調わなければ事は運ばない。よって日中はとてもバランスの悪い過ごし方になった。

 夜には電話で長話をした。もしかしたらもう二度とかかってくることはないかもしれないと、昼には少し諦めの気持ちがあった。しかし話してみると普通に、互いの仕事の愚痴などが止まらなくなってしまった。しかもそれだけでなくて、うれしく楽しい気持ちにさせてくれる。ほんとうにありがたい存在。ここ何週間かのごたごたも見事に吹き飛んでしまった。人の気持ちってほんのちょっとのことでこうも乱高下するものなのだ。簡単に諦めたりしてはいけないね。

 

sabato,15,settembre,2007

 仕事はすべて人に頼んで、朝一番で病院に行った。診察の結果はよくなかった。手術や入院が必要だという。死ぬような病気じゃないと言われたけれど、気持ちは重い。惨めである。だいたい入院して十日近くも空けるなんて無理だし、かといって正月までもつのかどうか不安だし。安静が一番だという。だから日中は何もせず布団に横になっていただけだ。これではせっかくの三連休も台無しになってしまいそう。

■venerdi,14,settembre,2007

 さまざまな人の話を聞いて、結婚が幸せの条件だなんてますます思えなくなった。いくら配偶者がいても、子どもを持てても、互いに心の通わない家庭のどれほど多いことか。想像したら吐きそうになった。それにしても今夜の会合にはがっかりさせられた。アルコールが入らない分、まわりを冷静に見つめることができたということか。

 思うに幸せのために愛情は欠かせない。しかし、愛情は人の境遇に自動で付いて来るものではない。安っぽい愛もどきを手にしたせいで幸せから遠ざかる人々がみえる。そしてそれを尻目に胸を撫で下ろしている自分がいる。

 はたして死ぬまでにほんものを手に入れることができるかどうかわからないけれど、大事なのは、ほんものだけを求めてたしかに動き続けるということだ。偽物なんかに目をくれることなく、この道を進みたい。

 

■giovedi,13,settembre,2007

 人にはそれぞれの進路があって、自分で決めた道を行くのがいちばんだろう。

 僕らの世界にどれだけ終身雇用の感覚がこびりついているかと思ったら、気持ち悪く感じた。縛られた人が人を育てるということは、また縛られる人をつくることにならないか。教師ではない人こそ、教育に携わるべきとさえ感じる。この世界。考えるだけでぞっとする。そして僕もその世界の住人の一人。

 人はもっと自由に、生きたいように生きてよい。

■mercoledi,12,settembre,2007

 朝から疲れることばかり。昨夜麦酒を飲んだためか痛みが増して、昼には耐えられずに少し休みを取り横になった。ほんとうならそのまま休みたかったけれど、あいにく夕方からの会議に出席しなければならなかった。なぜ自分が。どこでもそうだけれど、自分には場違いなところにいる感覚がある。会議は一時間ほどで終わったが、その後あれこれ片付けていたら帰れなくなった。

■martedi,11,settembre,2007

 あれから六年経った。わずか六年で人生ががらっと変わってしまったように思うがそうではなく、それ以前から変化は絶え間なく続いていた。そして、もう少し冷静に自己の人生と向き合ってみると、特にこの十年というもの、時間の流れにずっと流されてばかりだったのかなと思ってしまう。

 無駄なことなど一つもない。人にはそう言う。けれど、すべてが無駄なことばかりと感じられてしまうことも実はよくある。とりかえしのつかない時間をどれだけ無駄に費やしてきたことだろう。

■lunedi,10,settembre,2007

 カーペンターズの「シング」が頭の中に鳴り響き、もうほかのどの音楽も受け付けられなくなるときがある。さまざまな人たちの感情のぶつかり合いを交通整理するような感じで、気づくとこちらの感情が一人で勝手にもつれてしまっていて、解こうとしている間に、夜が更けてしまう。毎日、そんな感じ。

 真夜中。ユニクロの時計をぼーっと眺めている。気高く生きたいと願う。しかし、どれほどそれが難しいことか。気がつけば、誰かにすがりたい気分が充満しているではないか。それは弱さか。間違っているとは思いたくないけれど、あまりいいこととは思えない。

■domenica,9,settembre,2007

 昨日身体を無理に動かした所為で朝からあちこち痛い。昨夜も相変わらず寝苦しくて、おまけに太腿もつった。ゆっくり眠りたかったけれど、欲求どおりにはさせてくれなかった。

 床屋に行った。最近続いている廉価なところではなく、サービスがよくて値段も安くはないところへ。電話で予約を入れたのも初めてだった。それほど髪が伸びたわけではなかったが、とにかくリラックスしたかった。髪を洗ってもらったり、耳掃除してもらったりしながら、眠りに落ちそうになった。マッサージで触れる女性の手が柔らかくて、ずっと触っていてほしいと思った。一時間半があっという間に過ぎた。

 いつかのことを思い出した。言っちゃ悪いけど、あんたは味気ない、面白みの足りない人間だと言われた。足りないことなど百も承知。そして、どうしたってそれを補うことができないということも嫌というほどよくわかっている。ご不満なら近づかないがよろしい。それでも僕はここにいる。こうして暗黒の日曜日を、辛くて苦い自由時間を、今週もうんうんうなって過ごす。あなたにはとうていわからない感覚を、背負って生きていくしかないのだ。

■sabato,8,settembre,2007

 朝から汗をかいて、もう少しで吐き気を催すところだった。昨夜のさまざまな人々のさまざまな発言が頭を過るのだけれど、僕個人に限って言えばできることは最大限やっているし、何も後ろめたい状況ではないということが、自分の活力になっていることを感じる。できることをできるだけやっていく。その原則を守ってさえいれば、これからも大丈夫ではないかという気がする。

 それと同時に自分自身の、やることをやらないでいる人への目が厳しくなっているように思う。やることをやらない人がいると、そのかげで誰かがその人の分まで苦しい思いをすることになってしまう。世の中自分だけで回っていると思ったら大間違いで、ちょっと離れて見てみたら、せっかく回った歯車を自分が逆に戻しているということがあるかもしれない。

 自分を助けてくれている誰かに思いを馳せることのないまま、いい思いばかりしている人間がいたらたまらない。かつては僕もそうだった? あるいは今もほんとはそうなのかな? だとしたら、その報いをいま受けているということなのか。

■venerdi,7,settembre,2007

 ここに来ていちばんハードな日々を過ごしている。精神的にも肉体的にもきつい。しかし、カナダと違っているのは、その責任の重さだ。幸い今年度になって感じることができるのが、いつでも守られている感覚。責任が限定的であるという点、楽である。実に穏やかな気持ちでその場にいることができるという余裕。厄年かなんか知らないけれど、僕を懲らしめるにはまだまだだ。こんな気持ちのままここを去ることができたら、それはしあわせと呼べるだろうか。そんなしあわせの感じ方というのがあるだろうか。だが、それも不幸だという気がする。

 

■giovedi,6,settembre,2007

 もしもストレスの大きさが痛みに変換されるのなら、このところの痛みはそれか。先々週辺りからずっとなぜか午前中が痛かった。この肉体的痛みは辛い。でも、その症状がこのごろようやく治まってきた。

 人に言えない痛みというものがある。たとえばいちばん好きな人になら、そんなことも言えるだろうか。それならメールなんかも活用して、遠くの人にでも、この僕の辛い思いをわかって、なんて言えるだろうか。だけど少なくとも、心が抱える痛みを人に伝えねばならぬほどには精神的に病んではいない。

 この日記を続ける効果は実に大きい。日々を言葉にすると、負の感情は整理され、行動に昇華できるようになる。文面がどれだけ掃き溜めのように汚くとも気にしない。この日記は読者に理解を求めるような類ではなく、僕自身の試みの一つに過ぎないのだから。その言葉を吐く人間の顔に、柔和な影が差すようになればいい。そして、それを耳にする人々の胸に魂のこもった何かが伝わればいい。そのための練習だから。

■mercoledi,5,settembre,2007

 朝から晩までひじょうに不可思議。いいことはなくて、衝撃的なことばかり。でも、荒海に投げ出されている感覚はない。準備にはあまり時間をかけないけれど、自分が思ったとおりにことを押し進めることができているから。不本意で実に腹立たしいのだが、気持ちはそれほど波立っていない。悪い状態ではないのだが、あえて不満を述べるとすれば、こうも同じ人間に襲ってくるかという不平等感がある。

■martedi,4,settembre,2007

 貧乏クジ! お互い様と言いながら、その実公平や平等の影などどこにもない。これが人生というものか。これまで感じていたけれど、意識してみないようにしてきたこと。努力してもどうにもならないことがある。かたや、楽に世の中を渡っている人がいる。いくら気が長い人でも、すべてを投げ出してしまいたくなることはあるよ。死ぬ気でやれば何でもできる。この言葉はもっともらしく聞こえるけれど、たいして説得力はない。これで20年やってきた。その結果、頭の中には諦めの気持ちが広がってきた。諦念も大事。誰にも責められまい。

 何でもできる必要なんてない。死ぬ気でなんかやらなくていいんだよ。

■lunedi,3,settembre,2007 

 誰かの気まぐれに翻弄される日もある。とにかくひとつひとつ片付けていくしかない。感情に左右されるのではなく、自分の思うがままに動いていることに自信を持って歩む。自信か。そうはいっても、他人を見て不思議だと感ずることも多い。なぜあんなふうにしていられるのだろう。その自信満々な態度はどこから来るのだろう。それに対して、尊敬の念を抱くこともあれば、軽蔑することもある。そして、そんな自分を勝手な人間だとあらためて思う。

 人格がどうとか人徳がどうとか、そんなふうな評価は聞き飽きた。それは無意識にでも人を貶めようとする軽口だということを僕は知っている。結局また「いい人」「優しい人」で終わり、そこから先には進めない。腹立たしいくらいに都合の良過ぎる解釈。つまり、それほど魅力がないということなのだろう。

■domenica,2,settembre,2007

 きのうの夕方から無気力。冗談ばかり口を衝いて出る。刻々と過ぎていく貴重な時間と、明日までにやらねばならない仕事の合間で行ったり来たりする逃避行。今朝はマラソンのためにいつもと違ったパタンになった。こういう時に限って本を読みたくなる。何十年前から変わっていない。勉強なんかいつでも大嫌いだった。ただそれ以上に面倒くさがりだから、時間があっても何をしようとも思わなかった。実に気ままな人生。思うようにとか何とかいう前に、そもそもそんな自分を何一つ変えたくはないのだろう。

■sabato,1,settembre,2007

 何度も電話した。長い距離を運転した。道を間違えた。打ち合わせが不十分だった。声が聞き取りにくくて、何度も聞き返した。いつものように謝った。自分のよさなど、これっぽちも表現できなかった。

 涼しくなってきたら、食欲が増大してきた。秋の身体の自然な反応。これでも生き物なのだ。しかし、自然に反応してはいけない事情というものもある。思うように生きてよい人と、どうもそうではない人とがいる。自分はどちらのほうかって。ひじょうに懐疑的。