2008年4月               

■Mittowoch,30,April,2008

 一気に暑くなった。春を飛び越して夏が来たようだ。明日から衣替えでもなんの不都合もない。衣替えしたい人はすればいい。

 やっと一か月。毎年のことだが四月は長い。毎年のことだからどうということはない。しかし、これをいつまで続けるのかと思うとぞっとする。

■Dienstag,29,April,2008

 何をする計画も無い。「昭和の日」の理念はわからないけれど、何も無い休みはありがたい。モニタのアダプタが届いたのは昼だった。今朝はゆっくりしていたから、それを待っていたのだと思えばちょうどよい。

 実家から持ってきたCDをパソコンに取り込みながら聴いていたら3時を過ぎた。腹もすいたので出かけることにした。一風呂浴びて自転車で出たら最高だった。天気もよくて暑かった。しかし、ずいぶん走ってから財布を忘れていることに気づいた。戻るともう昼飯を食うという時間ではなかった。

■Montag,28,April,2008

 休む暇も飯食う暇も無く午後になった。三月までと比べると楽になった部分もありきつくなった部分もあり。意外と気持ちにゆとりがあるのは朝晩の徒歩通勤のおかげかもしれないし、別のことが理由かもしれない。帰り道には酒場を通るが、それらは特に何の誘惑にもならぬ。なぜならひとりで酒を飲む習慣が無いから。

 アルコール中毒の人間はたくさんいる。さまざまな境遇により、酒に逃げ場を求めるような人も多いのだ。僕もいつかそうなってしまうかもしれない。しかし、あなたはそうはならないだろうと言われた。

 転勤する時に不安をもらしたら、あなたなら大丈夫だと言われたことを思い出した。自分が自分自身を信じる気持ちより、他の人が自分に寄せる信頼感のほうが大きいと感じることがよくある。誰もがそうなのだろうか。

 帰宅してからまた電話で長話をした。他人との話なのに自分との対話のように思えることが多くなってきた。この日記も、電話の相手も、自分を映し出す鏡のようなものだ。日記を読む人や話し相手になってくれる人にとっても、そうであったならいい。

■Sonntag,27,April,2008

 午前中に戻ってきた。仕事の予定は消えたので一日自由だった。だらだらしているうちに二時を回った。もう六年以上も前によく行っていたラーメン屋に行って昼食を食べた。変わらぬ味は取り立てて美味というわけでもなく、懐かしさもそれほどわくわけでもなかった。とにかく普通の行為として行きつけの店に行ったという感じだった。時間が経過しただけでは感情が左右されることもないのだと思った。

 夕方には外を一時間ほどぐるっと散歩した。木製の靴べらを探すことを口実にして、いくつか店を回った。閉店間際に飛び込んだある店では店員としばらくやり取りした。靴べらはあったが、柄のところに動物の顔が描かれていたのが趣味に合わなかった。今度は奥さんとお子さんとで来るように言われたが、やはりどこから見てもそのように見えるかと思った。

■Sonnabend,26,April,2008

 朝から仕事。ここで期せずして昨年度からの引き継ぎができた。顔の見えないうちは疑心暗鬼だが、一度顔を合わせて話してみればそんな気持ちは消えてなくなる。年度末のごたごたの中で忘れられたことを、こちらが必要以上に責め立てることもないだろう。

 思いがけず午後の早い時間に仕事が終わった。まとまった時間が取れたので、帰宅して調子の悪いモニタについて電話サポートに相談した。指示された実験を行うために、二回ほど電話をかけ直した。どうやらACアダプタに問題があるらしいことがわかり、部品交換を頼んだ。夜には温泉に行って、実家に泊まった。

 

■Freitag,25,April,2008

 桜はすでに終わったが、春の街の色彩はますます豊かだ。ハンギングバスケットの数日本一の市街地を通り抜けると、素直に美しいと感じる。花や草木の匂いがどこからか漂ってきて清々しい。

 カナダの街歩きの気分が蘇ってくる。さすがビクトリアと姉妹都市というだけある。

Donnerstag,24,April,2008

 こうしてテーブルに着いていると、あの三年間のことを思い出す。朝、こうして長い時間、コーヒーを飲みながらぼーっとしていたものだ。いま、再び一人暮らしを始めてみて、何も無いこのぼーっとした時間をありがたく思う。ほんとうはしなければならないことがたくさんある。しかし、これはその前に行う儀式のようなもので、これがなくては次に進むことができないのだともいえる。

 

Mittowoch,23,April,2008

 体力勝負。とはいうものの、それだけで勝負するほどの体力はもう無い。自分では二十代となんら変わらないと思っていたのだが、確実に衰えがきている。二時間あるうちの最初の一時間動いたら、後の一時間は眠くてしかたなかった。そしてその後の夜の会議も辛かった。これからどのようにしていけばよいのか。大きなテーマのひとつではある。心身ともに痛めつけられながら、これからも成長していくことになるのだろうか。なるほど、こうなると肉を食べる必要性が出てくるのかもしれない。

 

■Dienstag,22,April,2008

 きのうも遅かったから、きょうこそは早く帰るぞと決めて帰った。気になっていたパン屋でパンを買って、久しぶりにクラムボン。玄米カレーを食べながら、しばしの間ゆったりと過ごした。仕事帰りの客たちの会話が耳に入る。どんな仕事かわからないけれど、かれらは上等の会話を楽しんでいる。そのままラジオになりそうなほどだった。はからずもそれを盗み聞きする状況。なるほど、こういうことも楽しみになりうると初めて思った。

 火曜日に電話が入ることが多い。それは僕が月曜日にメールを入れることが多いのと似ている。上等な話ができたかは疑問だが、それはそれでいい時間を過ごした。ああ、こんな状況があるからこそ、明日も元気に過ごせるのかな。ほんとうに大事に思う。

Montag,21,April,2008

 違和感は楽しむもの。そういうことにしてきょうも仕事にいそしむ。何のこだわりももたぬ。ただ働く。それが社会へのひとつの扉だから。だけど、これがすべてなんかではないことをいつも自覚している。

 頼りなげな日常。帰るとすぐに眠くなって何をすることもできないけど、こんな夜の底にだって大切なサインが隠れているはず。眠気の中でひらめくひとひらの光景を明日へのヒントにして生きよう。

■Sonntag,20,April,2008

 午前中は仕事。野外は風が強くて埃っぽかった。いつからか喉が弱くなった。少し大きな声を出すととたんに咳き込んでしまう。無理をしているとは思いたくないけれど。

 いろいろな思いが去来する。スピリットが恋しくなる。思えば四月からいつも薄味のような気がしていた。すべてにおいて徹底ということが無い。それは、敗北を意味しているのではないだろうか。

 もっと手応えの有る仕事がしたい。

■Sonnabend,19,April,2008

 目覚めてからまだあまり人のいない公園を散歩した。桜はすでに満開で、本丸あたりから見下ろすと、桜の花の海に街が浮かんでいるように見えた。それから榊山稲荷を過ぎて、石割桜を見に行った。白くて小さな古い花。路上駐車があとをたたない。こんな数日のために、日本全国には桜が植えられた。この花の下に死んでいった人々のことを思うと、ただのはかない人生というのには抵抗したくなる。

 その後、夕方までひたすら仕事。五時間働いて千五百円。これはけしてボランティアじゃない。

 

Freitag,18,April,2008

 一週間が終わった。火曜日からは車でばかり移動していた。そのせいか、言葉があまり思い浮かばなかった。歩く速度で、思いも巡る。空を見上げたり、花の香りをかいだり、日の光を頬に感じたりしながら、言葉が紡がれる。

 鈴木祥子がホームスパンのことについて書いていたのを読んで嬉しくなった。いいものを選ぶ感性は、まるで地下の水脈のように人々をつないでいるのだ。あの人とこの人もつながっている。僕もその人たちとつながっている。僕とつながっている人々がすべて幸せになればいい。

■Donnerstag,17,April,2008

 夜には近所のとある会館でとある団体の歓迎会に参加した。老若男女数十名の参加で、知らない人がほとんどだったけれどけっこう盛り上がった。しかし、木曜日ともなると疲れがたまっており、帰宅すると眠くなった。従弟からの誘いの電話があったのに断ってしまった。ごめん。また今度。

 

■Mittowoch,16,April,2008

 坂の多い町だということに初めて気づいた。今まで通ったことのない道をいくつも通って、たくさんの新発見をした。新しい団地たち。狭い路地が迷路のように広がっている、山と山の間にある土地。そこに健気に暮らす人々。

 古くからの街並だって、変わっている。美しい場所は、増えてきている。しかし同時に、無機質で、アメリカナイズされた場所も増えた。なぜにショッピング・モールの建物があれほど権威主義的なのだろう。

 素材がよくても料理の腕が下手だったら食べられない。そんな町には成り下がってほしくはない。

 

■Dienstag,15,April,2008

 暑いくらいの晴天。でも乾燥しているからか、汗はかかない。これで花も一気に開きそうだ。

 この季節のこの行事は嫌いではない。時間や移動距離が長くても忙しいという感じはない。多くの人たちと話すのは煩わしいと感じることもある。しかし、本質的にそれらはすべて素敵な邂逅であり、交わす言葉が多ければ多いほど深い学びができる。だから、最後には歓びが勝る。などと、思えるようになった。

■Montag,14,April,2008

 まだ雨の残る朝。週明けとはいえ足取りはいつもどおり軽快。ありがたいことに、仕事に行きたくない朝などまずない。淡々とやるべきことをやるだけ。

 階段を何度も上り下がりしなければならないのがこの春からの変化の中で特筆すべきこと。ほぼ同じ階を行ったり来たりしていただけだったこれまでと比べると運動量はそうとうなものだ。

 帰る時刻はそれほど変わらない。しかし、帰り道のこの気分の軽さは何だろう。あの重さというのは何だったのだろう。いや、まだ2週間も経っていないのだからわからない。比較せずに、今をよくとらえよう。

■Sonntag,13,April,2008

 風の少し冷たい朝にメールを書いた。石割桜は開花したというけれど、窓の外に見える公園の桜のつぼみはまだかたそうだ。

 仕事の日曜日。場所が変わっても、こういう休日は変わらない。それは僕らの先達が好き好んでそのようにしてきたのだ。かれらには大局的な見方が足りなかったのではないか。どのような社会を目指したいか。その結果がこれならば納得もできようけれど。発想すら無かったのではないかという疑念を未だに晴らすことができないでいる。

 夕方に返事が届いていた。きょうあったことのすべてが吹き飛んだ。

■Sonnabend,12,April,2008

 気軽に散歩できる環境はよい。いわゆるストレスも街を歩くことで解消できるような気がする。歩いて10分のところにある床屋。リラックスできたと思ったら1時間40分も経っていた。本を買って映画を観て午後が終わった。きょうのように気ままな日がこの先どれくらい過ごせるかわからない。それでも、まあなんとかなりそうかなと、ずいぶん楽観的な心持ちだ。

 MY BLUEBERRY NIGHTSは悪くなかった。けれど別段よくもなかった。描かれていたのが長旅なのかデイ・トリップなのか、わからない。これをみて思ったのは、自分は難しい道を選んでしまったということだ。それが自分の選択なのだから最後までそれにしたがって進むしかない。辿り着かなくても、かまわないのだ。

■Freitag,11,April,2008

 見方によっては意味の無い時間を5時間も費やした。個人的な問題としてではなく、実は国民的な大行事として毎年行われていることである。国民にとっての大きな損失。不愉快極まりないこの大行事も、見方によっては企業の成功例のひとつとも言える。「がっちりマンデー」に社長を出演させてほしいくらいだ。

■Donnerstag,10,April,2008

 日本は変わらないのだろう。だいたい、変わる変わらないを論じる前に、その姿すら掴むこと無く日々暮らす人々も多い。きょうもそのような絶望的な状況が目の前で繰り広げられた。少なくとも僕の物心のついた頃から、何も変わっていない。変えようとする人がいないのだろうか。これがいいと本気で思っているのだろうか。いったいこれは政策か。苦しみを擦り減らしていく作戦か。何も考えなければ楽だろうけれど。

■Mittowoch,9,April,2008

 川沿いを歩くと眩しい。まだ一週間。通勤路さえはっきりしていないけれど、このままはっきりしないほうが楽しいのではないか。毎朝毎晩一定の時刻に一定の道を通るのもいいが、僕はそれは好きではない。

 好きな言葉と聞かれて思いついたのは「前進」、それと「道草」だった。振り返ってみると、道草こそ我が人生ではないか。この際今後も、大きく遠回りをして生きよう。

 

■Dienstag,8,April,2008 

 コートを着なくても寒くないくらいになった。夜八時過ぎの街を通り過ぎる。腹が減っているとあちこちの看板が魅力的に映るけれど、所詮一時の夢と思えば振り切るのもどうということはない。真の生活者は真の夢を描く。道草はするとしても、自分の道を外すことはない。

 トロントの街並を思い出す。けしてこの町と似ているというわけではないけれど、何か共通点がある。それはとても簡単なこと。人の生活のにおいと、人どうしの結びつきによるあたたかさ。そして、あのときにはなかったイメージが今はある。とても確かで、美しいイメージ。

■Montag,7,April,2008

 休みだった。電気工事の点検が来た。そして、テーブルが届いた。大きなものだがコンピュータを置くとそれだけでかなり面積をとった。いわゆる安物というほどちゃちでもないし、色が落ち着いていてたいへんよい。

 午後から北上の銀行に出かけた。小切手を換金しようとしたら開設した支店でなければできないといわれたのだ。この貴重な平日休みで、気になっていたところはみな片付いた。水沢まで足をのばし、以前果たせなかった病院のカレーを食べた。うまかったけれどそれだけのために移動したことが少し虚しかった。途中のガソリンスタンドで給油をしたついでに洗車した。そして、さらにマットを洗浄して車内に掃除機をかけた。

■Sonntag,6,April,2008

 昨夜の酒が残っていたのか。いつもと同じ時間に起きたのだが、朝食を食べてから眠くなって再び横になった。起きると午後1時前。足りないものを買ったり、実家に取りに行ったりした。

■Sonnabend,5,April,2008

 このごろ思うのは、「人には恵まれるもの」ということだ。いつでもどこに行っても、自分の周りには素敵な人が集まってくる。ほんとうにすごい人がたくさんいるから、この人たちから学びたい気持ちになる。そういう心のあり方が身に付いてさえいれば、どこに行こうと恐れる必要はない。

 つまりこれは運を自分自身で開くすべと言ってもいい。「すべての夢は叶うもの」ということ。もしもうまくいかないことがあったとしても、誰を恨む必要もない。自分にそれだけの力がなかったまでである。諦めずに次に進んでいけばいい。こんなふうに、自分に責任をもって生きるのは意外と楽なことだ。

■Freitag,4,April,2008

 出会いの局面というのは不思議だ。当たり前だったことが当たり前でなくなり、当たり前でなかったことが当たり前になる。もう比較の対象はなくなった。あるいは、他と比べる必要がなくなったといってもよい。きのうの自分を凌駕する。そんな日々がまた始まった。

 道草のルートが無限にあるのは嬉しい。尤も帰宅が早いときに限られるけれど。きょうは肉まんとパンナイフとパンを買ってきた。木の実のぎっしり詰まったパンが好きだ。これとコーヒーがあればあとは何も要らない。

■Donnerstag,3,April,2008

 飛ばし過ぎだと自分でも思う。しかし奢る気持ちなどはもてない。どうみても自分の力はまだまだだから。

 きょうはきょうでまた勉強しなさいという啓示をいくつも聞いた。修行する環境というのは、やはり与えられるものなのか。おもしろいくらいに、いろいろなことがこちらに回ってくる。こういう状況を、もう嘆かない。ありがたく受け止めよう。なんかまた距離が開いてしまいそうだけれど、実はそれも近道なのだろう。そう信じるしかない。

 

■Mittowoch,2,April,2008

 机兼用のテーブルを買うことにしたので届くのが楽しみだ。木の良さを伝えてくれた先週の店の主人は素晴らしい説得力だった。少し気持ちが傾いたけれど、一生ものの高級品を買うのはまだ早いと思ってやめた。結局のところ、吟味した挙げ句通販を利用することにしたのだが、配達予定の来週の月曜日までは、それを楽しみに何とかやっていけそうだ。実に単純。

■Dienstag,1,April,2008

 仕事場が変わり、何もかもがすっかり変わった。まったく知らない人たちばかりの中で、一から始めるというのはひじょうに新鮮だ。きょうは一日目ということもあり、明るいうちに帰宅できた。

 今朝、道で声をかけられた。8年くらい前にお世話になった人だ。今どこに行っているのかを尋ねられて、きょうから変わる職場の名前を答えた。車での通勤では、こういうことはあり得ない。


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