2008年2月               

■Freitag,29,Februar,2008

 四年に一度しかないこの日。次に来るのは2012年。おとといともきのうとも同じきょうという意識で過ごすか、それとも、きょうという日はきょうしかないと思って過ごすか。この違いは大きい。こんなこと話すのはきょうでなくてもいいのだけれど、そんな日だから言ってみるというのも悪くない。さて、充実した一日になったろうか。

 今週は疲れた。人の前に立つことばかりだった。なにもかもうまくはいかなかった。だから、少しばかり暗い気持ちになった。きょうはきょうで、新たに暗雲立ちこめるような状況が訪れた。来週以降がおもいやられる。

 それに、きょうは鼻水が止まらなくて困った。少し風邪気味。残念ながら、風邪気味ということは、風邪をすでに引いてしまったということだ。あとは早く治すことを考えよう。薬を飲んで寝よう。

 

■Montag,25,Februar,2008

 新しい週が始まった。二月の最終週だ。なんとなく一日じゅう寒くて、夕方には少し熱っぽくなった。しかし、ストーブに当たっていたらよくなった。風邪ということでもなさそうだ。昨日は休めなかったから、今日は休みたかった。身体がそれを訴えていたのかもしれない。

 烏龍茶など時々買っていたが、中国産の茶葉が使われているので気をつけなければならないと思った。そうしたら、まったく買わなくなってしまった。その代わりに、ペットボトルのミネラルウォーターを買うようになった。

■Sontag,24,Februar,2008

 平日と同じくらいの時刻に出勤。小一時間机で仕事した後は、場所を移して五時前まで。雪が降っていた沿岸とは違って、それほど風も吹くわけでなく、穏やかな日ではあった。しかし、基本的人権はきょうも尊重されず。昨日の夕刊には「多忙より多忙感」とかわけのわからないコメントが載っていた。要職にあるものがその程度の認識か。ため息。たたかいが必要、という自覚。ぶっつぶさなくてはならない。あるいは、自分がぶっつぶれるかだ。

 

■Sonnabend,23,Februar,2008

 思いがけず休み。何もしないうちに昼になってしまう。時間の使い方が課題。月曜から金曜はあっという間。

 自分をさがすなんてけっこう都合がいい言い訳。自分なんて生まれた時からここにいるのだから。できていないものを作るというのならわかる。まだまだ未熟者。

 こんなふうにして、書けないことばかりになってくるのだろうか。飽きたのとはもちろん違う。書けないことは書かないとして、書けることを書いていくことはできるだろうと思う。それを模索する時間が必要だ。だから時間の使い方だというのだ。

 

■Sonntag,17,Februar,2008

 朝の食事に2時間かける。期せずして北の祭りを見る。これまで僕が抱いていた観念というのは、ほんとうに危ういものだったということを知る。飛び交っている情報の、なんと頼りないことか。それにぶら下がってきたこと。これからはぶら下がらないこと。

■Sonnabend,16,Februar,2008 

 仕事をしない週末。心が躍る。風が強くて、ところどころ地吹雪状態。しかし雪に反射する太陽の光はすでに春のようだ。去年からもう何度目かの町。そしてさらに北を往く。

■Freitag,15,Februar,2008

 うがいには風邪予防の効果がある。そういう認識は万国共通のものではないらしい。カナダでは、うがいなんてあまり意味がないという言葉を何度か聞いたことがある。医学的見地で実際に効果があるかないかは別としても、それを信じて行うことで安心を得るということはあるだろう。それが結果的に病を遠ざけているとすれば、それはひとつのはっきりとした予防効果といえる。病は気からというけれど、ほんとうにその通りだと思う。今年は絶対に風邪を引かない!という決意でここまできた。さまざまな理由があるが、いちばん強いのは、休みの日を有効に使いたい、心ゆくまで遊びたいという願いである。

■Donnerstag,14,Februar,2008

 セントバレンタインデー。と何の意味も無く書いてみる。相も変わらずという感じもするし、食のことがこれほどまでに騒がれる中だから、少し控えめという気もするし。少なくとも、世の中ぜんたいで浮かれてしまうようなばかさ加減というのは感じられなかった。自ら触れなかったからということだろうか。

 それにしても、マスコミをたたきたくなる記事が多いね。特に地方紙。社会の足を引っ張っているのではないかと嘆かわしい。編集者の見識を疑ってしまう。

■Mittwoch,13,Februar,2008

 夜に仕事や職場の環境に関して意見を述べる場があった。日頃考えていることをそれぞれ言い合ったのだが、そういうことを出し合うだけでもストレスが軽減されることもあるのだろう。そういうゆとりがあまりに少ないのが不満のひとつではある。我々にはもっと遊びが必要ということを話したのだが、遊びというのは学びと同義だと思う。遊びたいというと誤解を招くおそれがあるけれど、遊びこそ人生航路には必要なものであると僕は信じている。

■Dienstag,12,Februar,2008

 連休明けには余裕をもって仕事を進めることができた。どうも自分と他の多くの人との間にはリズムの違いがあって、周りの人が忙しいときにはわりと時間があって、周りが早く帰れるときに限って自分ばかり遅くなるということが多いように思う。きょう僕はやるべきことを自分のペースで取り組むことができ、定刻には帰る準備が調った。そのあたりで会議が始まり、結局少し時間を過ぎたのだが、ほぼ予定通りに仕事を終えた。いつもこうとはいかないが、たまにはそんな日も必要だ。

 ぜひ観たいと思っていたペルセポリス。フォーラムでは今週の金曜で終わってしまうので、この日しかなかった。白黒を基調としたアニメーションの世界はシンプルでコミカルな場面も多かったが、語られる話はかなり重く複雑だった。イランという国について何も知らなかった自分。そして、他の国々の事情についてあまりに無関心だった自分をみた。

■Montag,11,Februar,2008

 サイト開設記念の日。いわば僕自身が決めた僕の誕生日みたいなものである。自分の生まれた日を自分で決めることができるなんて不思議だが、ネットの世界ではある意味当然のことだともいえるだろう。

 けさ一番の電車で旅から戻った。金曜日の夜遅くに仕事を済ませて、晴れてこの三連休をのびのびと過ごすことができた。パフォーミング・アーツにふれ、大切な人々に会うことができた。感謝。

■Donnerstag,7,Februar,2008

 北方領土の日。歴史の真実はわからないけれど、これまでの知識の上で思うには、政府はロシアにもっと強く返還を迫るべきだろう。関わりをもつ人がたとえ少数であるとしても、国の使命を忘れてはいけない。

 民放のテレビをたまたまつけたら、メキシコの映像が出てきて懐かしかった。また行ってみたい国。ところで、ティファナの危険地帯の真ん中に有名俳優を送ったりとか、国境を不法にまたぐ人を撮影したりとか、作り手の姿勢が無神経だと感じた。USに密入国した父親とメキシコの家族との対面。娘が国境の柵を越えて父と抱き合う。するとこんなようなナレーション。「国境警備隊も見て見ぬふり。家族の愛に勝るものはない。」って、そうなのか? 国と国の境って、そんなものなのか。場所によっては銃殺されてもおかしくない状況をお涙頂戴の家族物語にしてしまっていいのだろうか。

 温室育ちというかお気楽というかバカというか… 背景についての考察も、自分たちとのつながりも何も感じさせるものが無い。世界にはたいへんなところがあるのね。私たちは平和な日本でよかったわね。て、いいたいの?

■Mittwoch,6,Februar,2008

 「少年の日の思い出」 ヘッセのこの短編が、これほどまで心に沁みて感じられたことは無かった。それほど何度も読んできたわけではない。年を重ねたということだろうか。この作品に出会えたことをありがたく思う。そして今回特にも、この作品のような翻訳文学に触れるきっかけを作ってくれる訳者の存在について考えることができたことで、また視野が広がったのもうれしい。

 少年時代の体験それ自体はひじょうに辛いとしても、それが時を経て何か新しいものに結実するとすれば、やはりそれは素晴らしい体験といえるのだ。人生万事塞翁が馬。何が幸せかわからない。しかし、すべてのことがらを、私たちは素晴らしい体験に作り替えることができる。自分の運命を握っているのはだれでもない自分自身の手なのだ。

■Dienstag,5,Februar,2008

 昨日のように明確にはうまくいった感じはないが、振り返ってみたら何一つ心に引っかかるような問題は見当たらない。これも感謝である。最近のことを考えると、そういう日は意外と多い。以前よりも増えてきたかもしれない。ほんとうかどうかわからないけれど、そう感じられることは素敵だ。それでも、こんなことは一時的であると思ったほうがいい。楽あれば苦ありというのが人間の常だからして、心して明日を迎えたい。

 残っていてもしかたないからということもあり、明日は遅くなりそうだということもあり、早々に帰宅した。などと何気なく書いているけれど、これはたいへん画期的なことだったりする。帰ると重い段ボール箱が届いていた。ちゃんと勉強しようということだ。初心忘るべからず。

■Montag,4,Februar,2008

 立春。うまくいくことが重なった。それらはすべて仕事に関することであり、しかもすべて人間関係に関することであった。ひじょうにありがたい。しかし、上る坂あれば下る坂ありで、こんな日もあれば嫌なことの重なる日もある。気を引き締めてかかろう。

 ところで、数年前からこちらのコンビニ等でも扱われるようになった恵方巻だが、子どもたちが何の疑問もなく節分の伝統行事と思って食べていることに驚いた。僕は去年初めてその存在を知り、不思議に思ったものだが、3年国を空けているうちに伝統すら変わってしまっているというのは、恐ろしい。

■Sonntag,3,Februar,2008

 日曜の朝。きょうは節分。光の加減はもう真冬とは違う。さわやかな空気を思いっきり吸い込む。山ほどある仕事のうちほんのわずかばかり、午前中に切り崩し、昼には日曜喫茶室を聞きながら車を走らせる。

 昨夜久しぶりに買ったファスト・フードのパンは食べる気がしなかった。いくつか種類のあるうちではいちばんおいしいと思っていた店だ。舌が肥えるというのはこういうことか。ほんとうにいいものだけを追い求めていくと、よくないものはそこにないのと同然になる。リスクといえばリスクだが、リスク回避といえばリスク回避。単なる贅沢というのとは、違うと思うけれど。


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