2010年8月             

■暑/Monday,30,August,2010 

 空が少し秋らしくなってきたかなという気もしないではないが、気温が高くてしんどいことにはかわりない。お盆が明けて3週目。むしろ徐々に辛さが増大しているように感じられる。昼くらいまではなんとかがんばるのだが、午後になると酷い。   

■忘/Sunday,29,August,2010

 朝は少し早く起きた。朝から車を北に飛ばし、かねてから行ってみようと言っていた海岸に行く。暑くて、海には少し靄がかかっていて、眺めは非常によかった。市場に行き、海鮮のラーメンを食べた。何気ないドライブとか、旅とか、とても楽しい。また洗面道具を忘れてきたことに、帰ってから気がついた。 

■忘/Saturday,28,August,2010 

 午前中は仕事。夕方から車に乗って出かける。洗面用具が見当たらない。お盆の行事の際に、どこかに置き忘れてきたのだろうか。温泉とお寿司。暑さは内陸と変わらずで、何だか目が回る感じがした。 

■呟/Friday,27,August,2010

 ツイッターのつぶやきを、日記の穴埋めに使うなんて、酷い体たらく。

 おはようございます。昨夜も寝苦しかった。毎晩寝苦しくて、日中も蒸し暑くて、この気候もういい加減にしてほしいです。これから夏はますますこんなふうに 暑さが増していくのかな?最近は夕方になると体調が悪くなります。皆様よくばてずにがんばっていると感心します。もう六時半か、気が乗らないな。

 盛岡のクマ出没騒ぎ。ヒトからすれば「クマが出た!」なわけですが、クマからすれば自分たちの昔からの生活領域が理由もなく侵されているわけです。クマは クマで「またヒトが増えた」と嘆いているかもしれません。どちらかというとヒトのほうが新参者。クマを「駆除」できるような立場ではありません。

■離/Thursday,26,August,2010

 日記から離れてしまっている。ツイッターの面白さゆえというのもひとつ。それから、新しいソフトのインストールにてこずったり、操作になれなかったりということもひとつ。いちばんはこの暑さ。帰るともう何もできない。

■溜/Wednesday,25,August,2010

 ゴミを出すことができぬまま、台所が酷いことになっている。新聞紙もたまりっぱなしだ。

■呟/Tuesday,24,August,2010

 おはようございます。昨夜も寝苦しかった。今朝は窓を開けても全然涼しくない。停滞した空気、気持ちが悪い。きのうは暑くて酷かった。きょうも暑くなりそ う。雨も降りそう。気象庁、いくら暑くても高温警報なんていうのは出さないのですね。それにしても皆さん我慢強い。仕事も勉強も黙々とやるのだ。

■暑/Monday,23,August,2010

 処暑だそうである。しかし朝から晩まで暑かった。この暑さの中で複雑なことを考えたり、話したり、動いたりするのはつらかった。ところが周囲の人々は、みな我慢強いとみえて、何の文句もたれることなく黙々と仕事を進めているのだった。全く偉いものだ。暑いからもうやめませんかとか、僕以外の人は言わないのだね、大人だから。

■愚/Sunday,22,August,2010

 どこかへでかけたくて車を出す。ここからいちばん近い浜の町まで行き、海も見ずにまっすぐに食堂に入り、海鮮丼を食べる。車中磯ラーメンのイメージが膨らんでいたのだが、入った店にはラーメンがなかったから、致し方なく海鮮丼だったのだ。そして帰途に就く。別の国道を通って帰ってきた。途中の産直で野菜や果物を買った。山間の小さな集落だったが、人々の明るい声が印象的だった。案内をいただいていた展覧会を見ようと思ったが、行ってみると飲食店内ということがわかり、二の足を踏んだ。結局あまり見ることができなかった。6時間の思索の旅。新しいことは何も思いつかなかった。舟っこ流しも、花火も見ない。音だけを聞きながら無為の週末を終えた。

 

■休/Saturday,21,August,2010

 午前中は、大きなものの洗濯と新聞の整理などをしているうちに時間が過ぎた。とにかく管理人がいるうちにゴミを出さなくてはならないと思い、燃えるゴミ、空き缶、空き瓶と出したが新聞は昼を過ぎたため間に合わなかった。高校野球の決勝戦だというのでラジオを聴いていると電話が鳴った。クライアントからの問い合わせだった。いろいろ調べて折り返し返答するも、どうも不安がつきまとったので職場に行って確かめることにした。職場には数人がいて何かしていた。必要なことのみを行い直に出た。

 昼飯がまだだったので、その足でうどん屋に行った。野球は大差がついたのでどうでもよくなった。今大会は大差がつく試合が目立ったように思うが、いくつかの報道によると、爽やかさに拍手、みたいなコメントが多かったので意外だった。

■長/Friday,20,August,2010

 長い長い一週間が終了する。現実に引き戻されたと言う表現がぴったりである。見え方がずいぶん変わった。本気になることがどうもばからしいと思えて仕方ない。よほど真面目でないのだろう。あるいは真面目過ぎて使えないということだろうか。

■断/Thursday,19,August,2010

 仕事の範疇はどこまでと容易に区切ることのできないところが、我々の仕事のひとつの特徴ではある。しかし、これ以上は仕事ではないという線引きがはっきりできると、僕の場合はその線を絶対に越えたくないと意地を張ってしまうところがある。きょうはある人にあるところへの参加を打診されたが断固として断った。理由を付けることもせず、失礼しますとだけ言って。

 闘おうとすればはっきりと筋の通った話はできないわけではないのだが、それをするとまた角が立ってしまう。要するに、何となく何となく穏便に進めることが、最良の選択肢であることも多いわけで、今はまだ角を立てるわけにはいかない。

 それにしても、よくみなさん我慢できるものだなと感心する。

■活/Wednesday,18,August,2010

 朝からテンポよくシステマチックに事は運び、あっという間に夕方になった。何の感慨もない。淡々と仕事を進めるだけ。それにしても、よくもまあ口がこうも勝手に動くものである。口が動くと、頭も回るのである。頭が回るから口が動くのではない。つまり、しゃべる機会を得ることが、考えるきっかけとなっているのである。働きだすと心身が活性化されるような気になるからいい気なものである。 

 

■始/Tuesday,17,August,2010

 しばらく忘れていた徒歩通勤。やはり夏場は歩くと暑い。止まると途端に汗が顔から滴り落ちてくる。また始まった。特別な感情などない。きのう少し顔をのぞかせていた憂鬱も感傷もどこかへ行ってしまった。休み中のことを思い出して書くだけの時間は週末まで取れないだろう。とにかくしばらくは自分の時間を潰して仕事に向かっていかなければならない。調子が戻ったらそのときに、他のことをすればいい。 

■孤/Monday,16,August,2010

 きのうまでたくさんの人に囲まれていた日々と打って変わって、きょうはひとりで静かに過ごした。明日から盆明けの本格始動であるため、きょうは職場に出ようという気もあったのだが、朝にはもうその気も失せて、ゆっくりしようと思った。

 姪たちもきょうの昼の新幹線で帰っていった。実家もがらんとしていることだろう。しかし、いつまでも感傷的になっているわけにもいかない。明日からの仕事のことを思うと少し憂鬱だが、始まればすぐにそれが当たり前になる。こんな調子で二十何年もやっている。

 

■帰/Sunday,15,August,2010

 温泉では朝風呂。食事を済ませた後、妻を駅まで送る。駅に着くなり激しい雨が降った。宿に戻ってから、旧館のほうの展示物を見学する。少し前なら普通に在ったものが、今ではもう懐かしいものに変わっている。駒や剣玉などの昔の遊びも、10円でいろいろ買える駄菓子屋の風情も僕には面白かった。姪っ子も最初こそ古臭い雰囲気に驚いて泣いていたが、ゴジラの看板(スイッチを押すと目が光り、効果音が鳴る)が気に入ったらしく何度も何度もスイッチを押しては喜んでいた。

 伯父が母を迎えに来て、いっしょにコーヒーを飲んだ。弟たちは僕の車に乗り込んだ。わりと大きめの産直施設に寄って食事用にパンを買った。そして、宮澤賢治童話村というところに初めて入った。子ども向けの施設と馬鹿にしていたが、入ってみるとなかなか見応えのあるところだった。幸い雨は上がり、見終わるまで降られずにすんだ。施設の片隅で、和菓子屋をやっている親戚がいて驚いた。少し話をして分かれた。昼食をどこかでということになり、デパートの食堂に向かうが駐車場への車が長蛇の列となっており断念。あれこれ車を走らせた挙げ句、空港のレストランで取ることにする。そこには立派なお子様ランチがあり、姪も満足していたようだった。食べ終わるとナイスタイミングで札幌行きの飛行機が離陸する時間となった。三階の展望ラウンジに昇った。と、そこにキティちゃんの大きなカプセルおもちゃの販売機があり、それを見た姪がカプセル欲しさに泣き出した。特別と言うことで両親が一個買ってあげると満足げな顔。ようやく滑走路へと動き出した飛行機を見下ろしていると、今度は尿意が。母親が抱えてトイレまで走る。実にタイミングがいい。戻ると、飛行機が飛ぶところはかろうじて見ることができてよかった。

 家に着き、トランクの荷物を降ろそうとして、自分のカバンがないことに気付く。宿に電話すると、あるという。不覚。またひとり旅に出る。少し寝て起きようと思っていたのに情けない。これも老化現象の一つだろうか。コーヒーを飲むときまでは、忘れるまいと思っていたのだが。戻って今度は下の弟を駅まで送り、自分の部屋にたどり着いた。

■会/Saturday,14,August,2010

 今年の9月で父が亡くなって丸十二年。つまり十三回忌を迎えることになる。というわけで、それに先立ってきょう、十三回忌の法要を執り行った。大きな行事はこれが最後と言って、母はほぼ一人でいろいろと準備をしていた。僕は僕で忙しく、それをいいことにすべて任せっきりにしていた。

 駅前のホテルに泊まった弟たちを拾って実家に向かう。親戚たちが集まると、そこから菩提寺へ。雨が降っている。小ぶりになったり、激しくなったりする。寺はさすがに盆中だからたくさんの人が訪れていた。こんなにたくさんの人がいる寺を僕は見たことがなかったように思う。法要は15分程度で終了した。畳に椅子を置いてみなそこに座って行った。正座をする必要は一切なく、膝の悪い母にとっても好都合だった。平成の世の中もだいぶ経って、二十一世紀も十年が過ぎて、お寺の常識もまた変化を遂げた。思えば僕は父の代わりにいくつかの法事に出たことがあるが、正座がきついのを我慢しているうちに気持ち悪くなり、顔面蒼白となって、冷や汗たらしながら足を崩したことが何度かあった。

 お寺の帰りに墓地に寄って拝んだ。雨が降っていて、小ぶりになるかと思ったがならなかった。傘を持ってあげて、その下で代わる代わる手を合わせた。こういう日に雨なんて珍しいと母が言ったが、そうでもない。葬式の日は朝からずっと雨だった。

 老人ホームに祖母を訪ねた。祖母は非常に表情が良くて、おまけに耳の調子も良くて、姪っ子が言った名前を繰り返して呼んでいた。そして、「めげごどめげごど」と言っていた。姪っ子のほうも少し懐いて、ひいおばあちゃんと声をかけていた。三つ子の魂と百歳の魂は呼応して互いの心に何かを残したろうか。写真を撮れば良かったなと誰かが言ったけれど、僕は撮らなくて正解だったと思う。またこんど来たときに撮ればいいのである。

 その後の料理屋での食事のときに、場にはそぐわない挨拶をした。かなりしどろもどろだった。父は笑っていただろう。今年こういう節目だったというのは、偶然と言えばそうだけれど父が仕組んでいたのだと考えるとすべてが納得できる。

 そして夜には温泉に行ってのビールと食事。食べてばかりでこの日の午後はなんだか腹が苦しくて仕方なかった。

■葉/Friday,13,August,2010

 台風はさいわい北を通り抜けたらしく、朝起きると晴れて穏やかだった。台風一過の空はどこか秋を思わせたが、それも朝の少しの時間で、すぐに気温は上昇しはじめた。盆の入り。おふかしやお煮染めや味噌汁や野菜の天ぷらなどの非常に充実した朝食をありがたくいただく。実家で朝食を食べたのは何か月ぶりだろう。その後はしばし教育テレビの番組を姪と一緒に見る。

 日中は予定がすっぽり空いたので、姪とその両親を連れて小岩井農場に行くことにする。着いた頃には美しく晴れ上がり、岩手山の上の方は雲に隠れていたものの、今年のお盆期間中最高の天気に恵まれる一日となった。滑り台やトランポリンなどの遊具で遊ばせ、裸足になって草の上を走らせたりした。姪は滑り台が高いと言っては泣き、足に露が着いたと言っては泣き、靴がうまく履けないと言っては泣いた。子どもはなかなかたいへんな生き物である。それは生まれたときからずっと変わらない。姪のような三歳児はもちろんであるが、小学生も中学生も高校生も、大学生になっても、社会人になっても、子どもという子どもはいつまでもたいへんである。それは自明のことであるが、人間はそれでもなんとか育て上げ次代に送り出していくのである。すごいことだ。河井酔茗の「ゆずりは」という詩を思い出す。お昼過ぎまで遊んで、少し外れた自然食系パン屋でパンを買って車内で食べた。

 かれらを駅に降ろすと、僕だけ部屋に戻って横になった。冷房の効いた部屋で、夕方までぐうぐう眠ったのだ。

 夕方には妻を迎え、また夕方着いたもう一人の弟も加わり、親戚たちとの寿司屋での宴会に臨んだ。子どもたち5名を入れて総勢17、8名の賑やかな会だった。久しぶりの従妹たちは立派な母となっており、その子どもたちも立派な小学生となっていた。日野原重明氏が「はっぱのフレディ」のミュージカルに出演するというニュースを見たけれど、僕も一枚のはっぱのように自然の摂理に従って散っていくと思うと、意外とさっぱりした心境になる。

■家/Thursday,12,August,2010

 お盆前最後の出勤日。普通どおりに出勤して、12時半頃まで仕事をする。職場を後にして家で洗濯。弟の家族がやってくるので、その時間に合わせて駅に迎えに出なければならない。しかし、予定の時刻を10分ほど超過。わずか10分ではあるが、こういうことはこれまでまずなかった。年をとったためだと思う。と人知れず痛切に反省。

 弟夫妻と姪の3名を車に乗せて実家に赴く。途中激しい雨が落ちてくる。台風が近づいており、ちょうどこの地方に上陸し、西から東に抜けていくという。15時というのにもう夕暮れ時のような暗さになって、湿気だけが相変わらず皮膚にべっとりまとわりついた。

 実家で少し休んでから、必要なものを買いに出る。空港の新しい建物に初めて入り、土産屋に寄り、焼きプリン大福で有名なとある産直に寄り、スーパーマーケットをはしごして帰ってくるともう夕方だった。夜にはまたビールを飲んだ。明日は妻の実家に行くつもりであった。しかし、こんな悪天候の中で道路は混んでいるし事故も起きたようだから来なくていいと義母が電話をくださったので、申し訳ないけれど今回は失礼しますということになった。申し訳ないことだけれど、また次の機会に。

■宴/Wednesday,11,August,2010

 昨夜は帰りが22時近くになったにもかかわらず、当たり前だが今朝も通常どおりに出勤。身体がなんだか重かったけれど、午後の会議に書類を間に合わせなければならなくて、ちょっといらいらしながらパソコンのキーを叩いていた。こういうときは思うように指が動かず、一度に二つのキーを押したりしてしまう。なんとなく最悪の気分になって午前の部が終わる。ようやくできた資料を印刷して、コンビニに寄って昼食を買い、家で食事。また別の資料をプリントアウトしながら、電話で少々情報交換などしているともう会議の開始時刻が近づいてきた。13時半に始まったそれはもうほぼ17時まで続き、しかも雨が降って蒸し暑く、喉は乾くし、眠いしでつらかった。

 きょうはその後、高校時代の恩師を囲んで久しぶりの飲み会があった。店の料理長もなんと同級生で、合わせて5人のこじんまりとした会だったが、非常に楽しく飲むことができた。不思議なもので昼の眠気や疲れはどこかへ吹き飛んでいた。料理長の計らいで珍しい酒をいくつも出してくれた。これもうまかった。できれば彼ともいっしょに卓を囲みたかったのだけれど、そうはいかず残念だった。高校時代の出会い。これまでの出会いの中でも特別な出会いの一つと言っていい。とりわけ僕の出会った先生という先生たちの中で、この先生ほど僕に影響を与えてくれた先生はいない。先生の姿から僕は勝手に、「常に表現者であれ」というメッセージを読み取り、それを常に実践しているつもりである。

■歩/Tuesday,10,August,2010

 朝から雨で湿度も高く、気分もすぐれない。いくら遊びでも学びでも、一日椅子に座りっぱなしだと疲れる。二日連続でカフェでコーヒーと簡単な朝食。九段の建物に入る前にもタイミング悪く雨が降ったりして少々不機嫌になった。午前中はかなり興味深い話が聴けて、分科会の選択に満足したのだった。昼には周辺をぐるぐる回った挙げ句、老舗の和菓子屋で白玉小豆とかきな粉餅とかを食す。二階の空間には誰もおらず、食事時にこういう場所を選択する人たちは希有だということが意外に感じられた。

 午後にはもう研修を続ける意志はなく、ひとり街を歩くことにする。靖国神社というところに初めて訪れた。昼には雨も上がり日が射して暑くなり、リュックを背負ったシャツの肩のところが汗で濡れるほどになった。訪れる人たちを見ているといろいろな立場の人がいるものだというのが感じられた。九段下の昭和館で戦前戦後の生活について学んだ。東京の施設とはいえ、展示が原子爆弾について触れていないのを奇異に感じた。さすがに腹が減ったので、裏通りの小さな店でスープカレーを食べた。スリランカの野菜カレーというのが、色は白くて辛みもほとんど感じなかった。でもとてもおいしかった。

 鉄道を乗り継いで新宿御苑。蝉時雨が激しい中、ベンチで暫し涼む。別の出口から出て千駄ヶ谷の駅。また乗り継いで神楽坂から飯田橋を通って九段下まで歩くともう待ち合わせの17時近くになっていた。東京駅の地下の沖縄料理の店でまたビールを飲んだ。沖縄そばとゴーヤのチャンプルーがおいしかった。これで今回の東京行は終了。

■学/Monday,9,August,2010

 研修のために東京まで来るとなると、学びと遊びはほぼ同義になる。素晴らしい全国の先達の話が聴けるのである。味気ない日常から遠く離れて何となくアカデミックな空間に身を置くだけで、昨日までとは別の人間になったような気になる。何も変わらないくせに。ヒントはいくつも与えられる。しかし、実際に舟を漕ぎだせるかどうかはこちらの知力と体力にかかっている。東京は曇りで昨日までの暑さは幾分和らいだようだ。おかげで過ごしやすかった。終わると銀座まで歩いて少し買い物をし、動物の名のついた店でビールを飲み、食事をした。昨夜はキリンで今夜はライオン。しかし夜には借りてきたネコみたいにおとなしく眠った。

■旅/Sunday,8,August,2010

 午前中は洗濯などしたほかはぼーっとしているうちに過ぎる。午後にも少し昼寝する。外は天気がよくて、暑い。当初は昨日から研修に参加する予定だったのだが、昨日までの出張が入ったので申込を取り下げたのである。後で聞くとその会場には冷房がなかったそうである。行かなくてよかった。たしかに休日返上で身銭を切って学ぶ姿勢は大切だが、ゆっくり休むこともまた大切だ。どちらを取るかはその時々の状況をみて選べばよい。

 夕方からは東京行き。駅の店でビールをおいしい飲んでから新幹線へ。月曜火曜と取った休みで、今度は中央の研修に参加することにした。こんなことも、一人では行こうと思わないのだが、ちょっとみてみるかという気楽な気分で出られそうだ。

■旅/Saturday,7,August,2010

 出張二日目。朝4時過ぎに目覚める。横になってテレビを観ていたためか、重い荷物を担いだせいか、右肩が痛かった。5時過ぎから外に散歩に出る。海のそばに住んだことのない僕には港の風景は珍しい。持っていったカメラでいろいろと撮影しながら歩いた。風は涼しかったが、きょうも暑くなりそうな感じの太陽が昇っていた。

 昨日と同じ場所で仕事をする。冷房は効いていたが暑くてしかたがない。多くの人が団扇や扇子をパタパタやっていた。僕はそういうファンを用いる習慣はないし、物も持たないので扇ぐことはしない。やせ我慢と思われるかもしれないが、パタパタやる姿はさもしい感じがして、自分でする気にはなれないのである。

 予定よりも早くに終わったので、一本前の列車で帰ることになる。こちらでもいろいろな方に世話になりありがたかった。来週の予定もメールで打ち合わせができたりしてよかった。この暑い中で疲れたが、自分としてはできることを行った。帰りの列車ではほとんど寝ていた。明るいうちに部屋に戻り、洗濯をして、風呂に入って、職場に行って物を置いてきた。それからスーパーに寄って、夕飯やビールやスナックやらを買った。その後はこちらに出張していた妻と合流して、何週間ぶりだろう、少し飲みながら話した。そのおかげで、暑くて長い一日ではあったがその疲れもどこかに吹き飛んだような気分だった。そしてまだ土曜日。ありがたいことである。

■旅/Friday,6,August,2010

 広島原爆の日。朝のラジオを聴きながら身支度をする。今日も昨日に引き続き暑くなりそう。重い荷物を背負い、徒歩で駅まで行くと顔から汗が吹き出る。10時前に集合し、新幹線と快速列車を乗り継いで、スタッフ3名で県外の港町まで出張だ。3時間程度の旅程だが、そのうち1時間ほどは待ち時間である。列車間の接続が悪いのはしかたないか。ホームの狭い待合室にだけは冷房があった。多くの人に混じってそこでじっと待つ。この町ではきょう36度を越えたそうだ。

 町ではタクシーで移動した。タクシーの運転手は話し好きで、自分の息子さんやお孫さんのことをずっと話していた。暑いですねとか、いつもは気候の話をもちだすのだが、その必要はなかった。目的地に着いたというのに話が止まらず、5分以上も降車せずに話を聞いた。仕事中に大きな事故に遭ったということだったが、社長はそれを労災と認めてくれないのだそうだ。腹が立つと言っていた。大きな問題だと思った。70歳になると言っていたが、まだまだ現役で働きたいと話していた。

 きょうの用事は夕方で済んだ。暑いことは暑かったが、内陸と比べると5度くらい低かったようで、楽だった。宿のマイクロバスに迎えに来てもらい、浜の近くの民宿に行った。8畳ほどの和室に3名がいっしょになって、長い時間を持て余し気味に過ごした。窓を開けていると海風が吹き込んでくるので、部屋の中は冷房を入れなくとも涼しかった。僕には少し勉強したいことがあり、他の2名にもそれぞれ課題があったのだが、それにはあまり集中できずに文庫本ばかりページが進んだ。さすがに夕食の料理は品数が多く、味もよかった。相部屋というのは想定していなかったのだが、意外とゆっくりと過ごすことができた。それはほかのスタッフの育ちの良さとパーソナリティーが故だろうと思った。夜にはテレビでサマーウォーズというアニメの映画を観た。小さな画面ではあったけれど、非常におもしろかった。

 

■嫌/Thursday,5,August,2010

 きょうの気温は今季最高を記録するほどだった。35.5度。猛暑日である。昨日のような頭痛は幸いなかったが、少しの時間外に出ていたら、簡単に痛くなりそうな暑さだった。二件連絡と受け取りがあったが昼過ぎには済んだ。その後、メールの送信を頼まれたのだがそれも簡単にできた。予定にあった仕事はすべて済ませることができた。

 しかし、終わらないのはいつも予定外に飛び込んでくる仕事である。パソコンに向かっているとき、受信箱にいくつか我々に関係するメールが届いているのを見つけた。ファックスとかメールとか、残念ながら毎日開けるような環境ではないので、そこのところを理解頂いて、送るのであればもっと早く送ってもらわねばならない。しかも、会議や調査回答の締め切りが8月の10日過ぎに設定されていたりするとひじょうに困る。一週間前に届いたって、担当者が不在だったら対応のしようがない。

 どこもこんなだからやる気が出ない人も多いのではないか。そんなときにする会議も調査も成果はないだろうと想像するが、会議の発起人や調査の主催者側には特に、四角四面の杓子定規という真面目で融通の利かない人もこれまた多い。だから、現場の人間はがっかりさせられることが多い。モチベーションという言葉を使うとすれば、管理者側の動きによってそれが高まることはほとんどない。いつだって人から言われるのはいやなのだ。ましてこの暑いとき、盆の休みの前に言われるのは誰だっていやですよ。

 明日からは一泊で出張。沿岸は幾分過ごしやすいだろうかというと、それは期待できそうもない。

■暑/Wednesday,4,August,2010

 きのうきょうは暑くて、外を歩くと気分が悪くなるくらいだった。これは熱中症か。スモッグのせいではないだろうか。きょうは朝から頭が痛かった。午前中は職場の中を行ったり来たりしていた。昼を過ぎても食べずに働いた。何をそれほどという内容だったが、暑い中ゆっくりと仕事を進めた。ほかの人たちはどこに行ったのかほとんど姿が見えない。これはいいことではないかと思う。僕も明日はすぐに姿をくらまそう。

 金融機関に用事があったので途中抜けて車で出かけた。ラジオは国会中継。なかなか面白い。教員の選挙運動について野党が与党を追及していた。立場が逆転すると、やっていることも逆転する。この間まで同じことをやっていただろうに。逆転するだけなら交代は要らない。今までとは別のことを期待されているのではないか。

 銀行の駐車場まで来てから、払込先を書いた紙を忘れたことに気付く。自分のバカさ加減に呆れてそのまま戻り、改めて出直す。今度はもっと近い最寄りの郵便局で済ませようと思い、一台分のスペースしかない駐車場に車を止めた。ATMで現金を払い込もうとしたが、どこをどう操作したらよいかわからない。それで局員の方に質問したら、返ってきたのは、郵便局のATMからは、払込用紙がある場合は別にして、通帳やカードがなければ現金では払い込めないということであった。そうなんだ。知らなかった。結局再びさっきの銀行まで行き、手続きをした。大いなる無駄足。だがそれによって大切な真理を一つ学んだ。心の中で前島密が微笑んだ。

 少し早めに退勤。冷房をかけたまま寝台に横になると、すーっと眠りに落ちた。1時間して目覚めると、頭痛は治っていた。オーバーヒートしたときはクールダウンするに限る。

 

■呆/Tuesday,3,August,2010

 朝には出張で、隣村まで出かけた。集合場所で待っていたが、約束の時間になっても来ない者がいる。それで電話をあちこちにかけて連絡を取っているうちに、事の次第が分かってきた。いわゆるドタキャン、しかもそれが一人でない。これまではなかった事例。顔では怒りつつ、内心は苦笑しながら、魂のレヴェルでは相当なダメージを負った、ということにしておこう。あーあ。こういうのがこれからはもっと増えてくる。言ってはならない言葉を吐き捨てたくなる。そこで我慢。わからない人には誰かが言って聞かせなきゃ。それが君、それが僕。

 夕方に寄った家具屋で、押し入れ用の収納ケースを購入した。そのレジの女性の様子がどうも変だった。まず、レジに来た僕に気付かない。何か書類をずっと見ている。ほかの店員が、その店員に客が来たことを知らせるかのように「いらっしゃいませ」と声を出し、それで初めて顔を上げた。

 次は支払いのとき、ポイントカードを勧められたが断った。そのことが気に入らなかったからかは知らないが、僕が釣り銭を取るか取らないうちに釣り銭皿を異様な速さで引っ込めた。その引っ込め具合が客相手という感じではなかった。客の僕から見れば、ちょっとびっくりさせられる奇異な感じ。よくあるといえばよくある。しかし、客に気分よく買い物をしてほしいと心から(別に心からでなくてもいいけれど)思っているとしたら、あのような態度はないだろう。自分も言ってみれば一種の客商売なわけだが、気分によって客に当たるなどということはないし、絶対にしてはならないと思っている。厳しいことを言えば、君のような人間が客の前に立つべきではない。同じようなことを僕も言われてきたんだけどね。

 同志よ共に一流のサービスを目指そう、ということにして明るくこの話を終わろう。

■旅/Monday,2,August,2010

 月曜休み。土日から数えてこの三日間とも天気は同じような感じで、日は照らずとにかく蒸し暑い。昨夜は遅かったので今朝の起床は七時半。部屋の片付けとパソコンの整備の続きを行った。一段落してから朝食。今朝は冷凍していた豆シトギを解凍してコーヒーを飲みながらいただく。それと茹でたトウモロコシと冷やしたトマトも。きょうからゴミの出し方が変わり、これまでよりも分別が細分化される。段ボールや紙、ペットボトルとプラスチックなど、分別はなかなかたいへんだが、多くの自治体ではすでに行われていることであり、むしろ遅いくらいである。ようやく重い腰を上げるという表現が、僕らの町の行政にはなんかぴったりくる。仕事がらみで言えば、早くネットにつないでよ、というのが願いだが、重い腰を上げてくれるのはいつのことやらわからない。

 このままでは三日間どこにも行かずに夏休み終了ということになってしまう。それではつまらないので、昼前から車ででかけた。まずはコーヒー豆を買って、パン屋に寄って、郵便局や銀行を回って、そのまま国道をひた走り。ダムの近くの自然公園まで来て何年ぶりかで蕎麦を食べた。非常に腰の強い手打ちの田舎蕎麦。ざる蕎麦を大盛りにしたら満足だった。

 ラジオでは国会中継をずっと聞いていた。国会を聞いているとあれこれ考えさせられる。湖をぐるっと大きく回る細い田舎道を中心に、五時間くらいかけて旅をした。途中の産直で野菜を買って、スーパーで豚肉を買って、夕飯にはカレーを作った。ご飯は一膳分ずつ冷凍してあるのできょうは炊く必要はなかった。

 国会が終わってからは、わたしもひとこと夕方ニュースを聞いた。外食産業の値下げについてだった。あるラーメン店が所有する工場では十四万食のチャーハンだかをたった二人か三人で作っているという話には驚いた。安ければいいという時代ではない。安くてうまければいいという時代でもない。それなら、安全でなおかつ安くてうまければいいかというと、それもどうなのか。昔、外食といえばデパートの食堂と相場が決まっていた。食事だけ切り取って論じられる問題ではなさそう。

■朔/Sunday,1,August,2010

 相変わらず蒸し暑い朝。コンビニまでちょっと歩くと、湿気で息苦しいほどだった。橋のたもとのわき水は冷たくてうまかった。もっとこの水を活用したらいいと思うけれど、水道の水で何の不足も感じないものだから、わざわざ汲みに出ることなどほとんどない。もったいないことだろうか。

 猛暑や豪雨、落雷や突風など、気象がおかしくなっているのは否定しようのない事実。この湿気もそのひとつだろう。不思議なことに、どこも人間にとってより不快な方向にばかり変化している。湿気がなくなって前より爽やかになったとか、砂漠が潤って飲み水が確保できるようになったとか、そんな話は聞かない。

 朝にはテレビをつけながらパソコンをいじった。昼からはラジオを聴きながら新聞に目を通した。そして16時くらいまで電話で情報交換をした。テレビ専用にしていたパソコンのメモリを増強し、さらにWindowsも使えるようにした。その後で、部屋の片付けを本格的にやりだした。途中で電気屋やスーパーに買い物に行った。帰ってきていろいろやっているうちに真夜中になった。

 きょうから夏祭り。道路には髪の毛の色が茶色い若者が目立つ。夏休みになると、髪の毛の色を変えたくなる人が増えるらしい。黙っていてもいずれ色は変わる。さらに黙っているといずれ抜ける。若者よ自然の変化を楽しめ。