2010年7月               

■気付いた時点で飛び出さなければ隣のカエルと変わりない/Saturday,31,July,2010

 未明から蒸し暑かった。どんよりと曇って暗い朝。部屋の空調のスイッチを入れたり切ったりして過ごした。天気がよかったらどこかに行きたいとも思ったが、こんなに蒸し暑いと部屋の中にいたほうがましという気分になる。完全な土曜休みは久しぶりだ。感覚的には日曜なのにまだ土曜というのはゆったりできる。しかし、ゆったりし過ぎて昼過ぎから眠ってしまった。結局部屋の片付けはほとんどできなかった。

 7月もきょうで終わり。特に今月は長かった。暑さのせいばかりではないが、暑いのには堪えた。一週間前のことがもうずいぶん前のように思える。あと5か月で今年も終わり。早く今年度が終わってほしい。とにかく過ぎ去ればいいなどとはこれまであまり考えなかったが、今年は違う。いいことではないのかもしれないが、偽らざる心境。すべて無難に終われと思う、仕事についてはの話。

 8月をどうしようか。この暑さがつきまとうと思うと前向きな気持ちが引っ込んでしまう。日本は亜熱帯化してしまった。それに合わせて生活を変えないとえらいことになる。猛暑日ということばができたのはわずか3年前。全国的にみても以前は35度以上の日など少なかったのが、今では連日である。熱中症の予防のために冷房を使えとラジオでも言っている。ここらへんではさすがに35度を超えることなどほとんどないが、それでも前より暑くなってきたことは疑いの余地がない。お盆が過ぎればすぐ涼しくなるんだから冷房なんて必要ないと、親の世代からはよく聞かされた。13年前のこと、標高700メートルの避暑地から転勤してきた。住んでいたアパートでは空調機の設置が禁じられていた。その年の6月。これじゃ暑くてたまらんと、大家に長々と手紙を書いて許可を得、やっとの思いで空調機を購入したのだった。

 人間はほんの先のことだって何にも予測できない。だがあえて悲観的な想像をすれば、5年後には日本の最高気温は45度を越すだろう。そのとき熱中症の死者は数十万人に達するに違いない。そうなったら、僕らのやっていることのほとんどはもうばからしくてやっていられなくなる。もしそうだとしたら、今の時点ですでに、今やっていることのほとんどをやっていられない状況なのだとは言えないだろうか。それとも、そうなった時に考えればいい話なのか。

 気付いていない茹でガエルが幸せであるわけがないだろう。気付いた時点で飛び出さなければ隣のカエルと変わりない。いやむしろずっと愚かで不幸なカエルだとは思わないか。

■モチベーションを持ち直すのは難しい/Friday,30,July,2010

 長い長い一週間が終わる。最も辛かったのは朝から夕方までずっと座りっぱなしで腰が痛くなったことだ。動かずに黙っていることの苦痛。普段いかに自由度の高い位置で働いているかということだ。それだけでもありがたく思うべきなのかもしれない。それにしても、何のための研修なのか。振り返ってみると、これによって何か意欲が増したり、元気になったりしたかというとそんなことはなく、何となくさらにたいへんになるんだなということを自覚させられたに過ぎぬのではないかと疑ってしまう。

 自由度が高いとはいえそれは建物の中だけで、実は社会的にも閉じられた世界でしかないということ。外の世界とつながることが大切と言われるようになったが、ほんとうのところは孤立無援の状況が拡大しているだけである。すべての責任が押しつけられ、それ以外の人たちの無責任はすべて許されたままではないか。そんな疑念がさらに深まり、いわゆるモチベーションを持ち直すのは難しいだろう。

 

■そんなにしてまで飲みたい人もいるのか/Thursday,29,July,2010

 昼休みには外から10本も電話を入れなければならなかった。その電話で話すうちに急いで進めなければならないことがいくつも出てきた。研修が終わり次第高速道路を使って職場に戻る。パソコンをつけて必要な書類をどんどん作成し、印刷して、提出する。机上には無遠慮な書き置きがあったので、それには丁寧に返事を書いて机に置いておいた。来週の月曜日の宴の案内があったが、職場の仲間達でそんなにしてまで飲みたい人もいるのかと不思議な気持ちがする。僕らの心は知らぬ間にへんなものにどんどん浸食されているのではないか。少なくともこれまでそういう無粋な企画を誰かが立てる状況というのはなかったし、よしんば誰かの頭に構想が浮かんだとしても周囲から一蹴されるのがオチだった。しかし、こういうことが平気で行われるのである。この蒸し暑い中、とにかく早く終わりにして帰りたかった。

 帰宅して風呂に入ってから、大雨の中を外に出る。2か月ぶりくらいで来た従兄弟と叔母との飲み会に参加する。ちょっと遅くなってしまい翌日は眠かったが、楽しく過ごすことができた。

■遊びのある生活こそがいい仕事をする必要条件だ/Wednesday,28,July,2010

 研修は場所を移してきょうからは実家の近くになった。昼食を頼んだらあまりおいしくなかったので後悔した。それは食べ物の味ということではなかったのかもしれない。何を食べても味わえたものではない。右を向いても左を向いても同業者しかいない状況というのは僕は大嫌いである。そのような場所にカンヅメにされることになるのは不快だ。僕らが僕らの仕事の専門性や社会的責任を論じれば論じるほど、僕らは社会から隔絶した存在として浮き上がってくる。専門性を高め社会的責任を自覚することは当然だとしても、本来目指すべき方向は今やっていることと逆なのではないか。つまり閉じこもることではなく開くこと。もっと外に出ること。この職業だけでなく、どこも息苦しくなっている。同じような矛盾を抱えているところが多いような気がする。

 帰宅して、ゆっくりしていると、眠くなった。夜に仕事を進めようなんてことは叶わなかった。そういうことを考えた時点で、社会人としては失格なのである。帰宅したら、仕事のことを考えずに、遊ばなければならない。そしてこの場合の遊びとは、「学び」と同義である。仕事が学びであってはならぬ。仕事はあくまでも仕事。学びのある生活、つまり遊びのある生活こそがいい仕事をする必要条件だ。

■ある一味にとってだけ都合の良い世界が築かれてきた/Tuesday,27,July,2010

 二日目が終了した時点で腰とか背中とかが痛くてたまらない。きょうはもう帰ってゆっくりしたい。そう思ったのだが、そういう時に限って何かがある。一つ小さな酒宴に参加する。おいしいものをいただいたのでよかった。先週末からいくつかの宅配便が届いたが、中身を空ける時間がない。帰ったらやろうと思うが、今度は体力がなくてすぐ眠くなってしまう。気力は体力の無さに勝てるだろうか。はたしてもっと本気になればできるのか。ある一味にとってだけ都合の良い世界が築かれてきた。それは体力に優れ、疲れない者の世界だ。いくら時間はあっても弱者はその時間をまっとうできない。きょう気付いたのは、時間はないわけではないということだ。時間があってもその時間を十分に活かしきれていないのだ。それでは時間を活かすためにどうすれば良いか。その答えの一つが、体力をつけるということだ。僕の先生達は、そのことを誰一人教えてはくれなかった。誰一人として気付いていなかったのかもしれない。あるいは、気付いていても、他人の時間を独占してしまおうという隠謀を誰かがもって、公表しなかったのかもしれない。いずれにせよ、この方向がさらに推し進められるとしたら、強い者にとっては都合がよいというわけか。

■考えると腹が立ってしょうがなくなる/Monday,26,July,2010

 今週は一週間まるまる研修である。今日と明日は西口にある大きな建物で行われる。僕は残念ながらあそこらへんに建っている一連の建築物が嫌いである。透明のエレベータとか、だだっ広い空間に延びるエスカレータとか、税金があんな風に化けたのはおもしろくないと思っている。この町にはそぐわないし、町の価値がそのために落ちてしまったとすら感じる。橋の向こうの見慣れない町と一緒で、誰がいつの間にこのようにしたのか、匿名のままに組み立てられてしまったみたいでいやなのだ。ジョウアト公園とか、立志の丘とか、そらぞらしい名前を誰がどんな志をもって名付けたのか、市民の知らぬ間に決まっていたなどというのは、市民を騙していることに他ならないのである。考えると腹が立ってしょうがなくなる。とうてい許せないことだと思っている。

 それにしても、施設の中に昼休みの1時間を除いて9時から17時までカンヅメなのである。腰は痛くなるし、途中から意味の分からないことを延々と聞かされて眠くなるし、嫌だった。これがあと4日続くのか。きょうはその後職場に行って1時間くらい仕事をしてきたよ。ほんとうは昨夜いくつもりだったのだが、昨夜は面倒になってやめたのだ。

■心配りをもって話すように気をつけよう/Sunday,25,July,2010

 日曜の朝、サンデーモーニング。世界中で異常気象。たいへんなことになっている。こんなに暑いと死ぬのだ。午前中に何週間か分の日記をアップした。サボっていた。サボっていると書けなくなってしまう。それどころか、考えることすらしなくなってしまうのだ。それと、歩かないでいることが大きな原因か。

 昼にはことばおじさんこと梅津正樹アナウンサーの講演会に行ってきた。名人芸とでもいうのか、一流のアナウンサーの名調子を堪能させていただいた。一流の人は姿勢が違う。生き方が違う。もちろんアナウンサーでもあるから言葉が違う。質問コーナーを含めて2時間ちょっと。かなり濃密な時間だった。

 質問にはお三方が手を挙げたのだが、その中に聞いていて不快になる話し方の人が一人いた。ご本人は気がついていらっしゃらないのだろうか。会場がとたんに苦々しい雰囲気に包まれたのだった。言葉の専門家ということであったが、周囲への心配りをもって話すように気をつけようと思った。

■周到に強かに企てなければいけない/Saturday,24,July,2010

 いつもどおりに起きたが、また2時間ほど眠った。土曜日になるときまって頭が痛い。今朝は歩いて出かけた。すぐ近くの場所だった。そしてすぐに終わった。駅まで車で迎えに出て、それから市の図書館に行った。何年ぶりかわからないほど久しぶりだった。そこで必要な本を借りた。車での移動は楽なものだ、涼しいから。奥中山高原のアンテナショップで食べた、エスプレッソコーヒーの中に入ったソフトクリームがうまかった。その後、いつもの蕎麦屋に並んで蕎麦を食べた。駐車場には遠くから来ている人たちの車が停まっていた。

 昼には少し眠った。ある事件のスクープ番組を初めて見た。おかしなことがまかり通っていた。権力というのは、個人を貶めることなど何とも思わないのだ。それについて発言しようとすると足が竦んでしまうような心地がする。この矛先をどこに向ければ良いのか。周到に強かに企てなければいけない。

■自分自身との対話がいちばんの根本/Friday,23,July,2010

 「なめとこ山の熊」は名作だと声に出して読んで改めて思った。下手なことをやるより、力のある作品を読んだほうがどれだけ人を育てることか。何十年かかかってわかったことを小さな子どもたちに伝えていく。ただの知識でなく、要領のみでもなく。それくらいしかやることはない。

 大きな節目の一日。その一日の最後の一時間を使って、エゴということを考えた。自分に向き合う機会は多そうだが、意外とその機会を生かしきれておらず、自分自身がみえていないということも多い。コミュニケーション能力が大切なんて言われるけれど、自分自身との対話がいちばんの根本だと思う。それなしでは、他人とつながるなんて不可能。いまどき流行らないのかもしれないけれど。

 夏草生い茂る河川敷をたらたら歩く。せせらぎは気持ちよく、川を臨む住居の佇まいも素敵だった。散歩から遠ざかっていることに気がついた。散歩は自分に向き合う良い方法だ。しかしこの頃は暑いので、車を使ってばかりになっているのだった。

■誰かが必ず助け舟を出してくれる/Thursday,22,July,2010

 皆が協力的なのですべてそれに乗っかって進んでいる。やれることを私利私欲を勘定に入れずにやっていると誰かが必ず助け舟を出してくれる。そのような信頼感があってけして揺らがない。誰も助けてくれない状態の中にあっても、それは変わりない。つまり相当にお気楽なのだ。

 今週はなんとなくそんな調子で進んでいるのだが、それはそれほどたいしたことをしていないということだ。まだ予測される困難のうち100分の1も訪れてはいないからだ。これから8か月の間に100倍の苦しみと不安が確実にやってくると、それも信じて疑わない自分がいる。しかもすべての原因が自分の至らなさから出るとしたら、救いようがない。と、そんな悲観的なことを考えていながら楽観的でいられるというのはどうかしているのか。

 友人から日曜の夜に飲もうと言う誘いのメールが来た。返事は保留している。きっと疲れて飲むどころではないだろうということと、来週からの出張を考えるとその日は仕事を進めなければならなくなるだろうということの二つの事情による。いずれ残念ながらビールなんかでどうにもならないことをわかっているから気分になれないよ。

■ここはアジアの途上国なのだった/Wednesday,21,July,2010

 おかしな人たちが増えているような気がする。車に乗っていると、よくわかる。歩行者も車の運転者も、自転車も、おかしな人が多い。車の場合は方向指示器を出さずに曲がったり止まったりする人、右折車線で信号が青になるのを待たずに見切り発車する人、電話しながら運転している人、左折するときに意味なく大回りに膨らんで曲がる人などなど。救急車が後方から来たから、方向指示器を出して左に寄ったんだ。そしたら後ろの車が僕の車を追い越そうとするではないかばかやろう。しかも前の車は右に曲がろうとして道路の真ん中に寄るじゃないかばかやろう。救急車の行く道を塞いでどうするのだ。あまりに考えが無さ過ぎる。

 自転車では右側通行がやたら多い。学生だけでなく、社会人も、年寄りも関係ない。あまりにルールを軽視し過ぎである。僕には考えられない。交通ルールを守れない人間は死んでもいいと思ってしまう。死にたくてそうしているのかと疑ってしまう。こういう光景を見ると、アジアの途上国にいるように錯覚してしまう。いや、たしかにその通り、もう先進国なんかではない。ここはアジアの途上国なのだった。

■いつまでたっても難しい/Tuesday,20,July,2010

 それほど暑いとは感じなかった日。これまでとは違う気楽さを感じていた。見方を変えると、これまでいかに気が休まらなかったかということだ。これではシステムとしてまずいだろう。ではどうやって改善するか。人を増やさなければ。金をかけなければ。しかし望めない。

 朝から晩までメールが続く日だった。友人から誘いがあったが、この夏のスケジュールを会わせていったら、お盆過ぎまでは難しいということになった。翌日が仕事だと、そもそも平日に飲み会をもつことは難しい。週末は週末でいないことも多いから難しい。よって、いつまでたっても難しいのである。

■すべて自分のフィルターを通して/Monday,19,July,2010

 世間では三連休の最終日。一日中部屋の中にいたから、どのくらいの暑さだったのかはわからない。午前中はメールがうまくいかずにずいぶん時間を取られた。昼になると案の定眠くなってしばらくうとうとした。目覚めると少しは本でも読もうという気になって、横になりながらしばらく読んだ。気侭な休みに身体を休めて、読書に到達するまでにはこれくらいかかる。休みになったからといって急にしたいことばかりできるわけではないということ。休みに入ったらまず休む。その後でなければしたいことなど思うようにはできない。そして明日からまた仕事だ。最近の日記は愚痴ばかりになっている。これは健康的ではない。

 昨夜は久しぶりに龍馬伝を見た。きょうは高校生が出てくる学習の仕方の番組を見た。歴史も勉強もエンターテインメントとして面白く見せられなければ受けないのだ。そして、そうでもしなければ価値が伝わらない。見た目重視の時代とはこういうことか。45分の視聴時間がもったいないという気分がしてしかたなかった。ドラマの世界にのめり込むことができなかった。展開がどうにもまどろっこしくて、脳に直接データをダウンロードしたいような気分になった。学習の仕方もわかりやすく解説されてはいるけれど、高校生が30分もかけて学ばなければならないような内容ではない。どれだけ普段遊んでるのかよ、と正直なところ思った。

 長崎には二度行った。オランダ坂の石畳、グラバー邸から眺める海、中華街の提灯など、あの町の空気感を僕は感じたことがある。空想の世界から飛び出して実際に足を運ぶことの大切さを学んだ。ノートの取り方なんて誰からも教わったことはないが、試行錯誤のうちに見つけた自分の方法で、毎時間がむしゃらに取り組んでいるうち、それが試験や入試につながった。上手な先生ばかりではなかったけれど、いつもいつも楽しくはなかったけれど、話は真面目に聞いた。すべて自分のフィルターを通してものを見るのだということを学んだ。

■かつて8月が楽しみだった時期があった/Sunday,18,July,2010

 7時頃に家を出て、16時前には職場に戻り、少し机仕事をした。帰ってきたのは午後5時過ぎか。この二日間、同様の動きをした。日中は暑い中8時間くらい立ちっぱなしだった。仕事と思えば暑ささえ忘れるが、それでも疲れは残った。よかったことといえば、以前世話になった多くの人たちと再会できたこと。それぞれ成長している。僕も負けてはいられない。そんなふうに励まされたこと。

 いずれ振替の休みを取ることになるが、いつ取ればいいのかはわからない。8月に休みを取れという。全くその通りだと思う。しかし、その8月に多くの研修や出張が入り、休みを取る暇を与えてくれない。結果的に、休日に出勤する日々が続くことになる。かつて8月が楽しみだった時期があった。だがいまでは動静表を見て憂鬱になるばかり。

■狎れてはいけないという声が/Saturday,17,July,2010

 7時半頃に家を出て、15時前には職場に戻り、少し机仕事をした。帰ってきたのは午後5時過ぎか。一見無駄としか思えない時間もあれこれと思考を進められる時間と思えば我慢できる。きょうは久しぶりの人たちと何人も再会し、いくつか言葉を交わした。中には3年ぶりくらいで会う人もいて、懐かしい気持ちになった。

 こうやって同じ土地で何年も続けていけば、周りはみんな知っている人ばかりになる。見方によってはそれはいいことなのかもしれない。だがこんなとき、狎れてはいけないという声がどこからか聞こえてくるのだ。

■全体的にすっきりしない感じ/Friday,16,July,2010

 午前中は普通に働いて、弁当を少し早くかき込んで、職場を後にして出張先に向かう。車を運転している間は涼しいから快適だ。着くとそこから3時間近く、暑さの中でいろいろやった。どうも慣れない仕事だからということもあるが、上の指示や段取りが的確でないことも、全体的にすっきりしない感じを醸し出している。どの業種も多かれ少なかれそういうことがありそうだ。昔から同様にやってきた。同様にやればできてしまうから、そこに改革の発想はなかなか入り込めない。新しく加わる人には問題点がみえるのだが、みえるだけでは変わらない。問題点を改善するには、上の人に動機が生じなければ仕方ない。

 65年前のことをいってもどうしようもないのだが、壊れるべきときに徹底的に壊れないと、新しいものをつくることはできないのだ。そしてこのまま行くと近いうちに、政治主導で全部がぶっ壊れてしまうかもしれない。戦争でも外圧に依るものでもなく、自分たちの不甲斐なさからすべてがぶっ潰れる。そんな自体すら前向きにとらえるとすれば、一つの好機と言えるかもしれない。て、ほんとにか。

■方向性を確認するのが会議の目的/Thursday,15,July,2010

 また会議だ。どういうわけか今年に入って会議が多くなった。しかも一つの会議にかかる時間が増した。一つの提案にかける時間は30秒以内にせよと、15年も前に教わったことがある。今もそれを守ろうと努力はしているが、そんなことを実践する者はあまりみかけない。長々と確認する内容は、そのときになってみなけりゃわからねえことばかりなのだが、当日になって、確認した通りです、で終わりというのは、あまりに人間らしさを欠いてはいまいか。人間の性質を無視した不均衡にやりにくさを感じているのが今の状態ではあるまいか。

 方向性を確認するのが会議の目的だ。一月先までの詳細を逐一吟味していたら時間がいくらあっても終わらない。近づいたら担当者がわかりやすく標識を掲げればいい。一般道路だって高速道路だって原則は同じだ。目的地に向かって迷わず移動できる手段を講じるというだけである。

■学ぶ姿勢にまた学ばせてもらう/Wednesday,14,July,2010

 なんだかばたばたと一日を過ごす。午後からは場所を変えてまた会議が行われた。どうもこの会の運営自体が怪しい感じがすると思うのは自分だけだろうか。結局のところどうでもいいことを、時間と労力をかけてやらされている。それが事実ではないか。尤も、それはそれとして自己研修の一貫ととらえるならば、初めて意味を持つといってもいい。何を題材にしても学ぼうとすれば学ぶことができる。

 古本屋に寄るが、たいした成果はなかった。食事をするにも時間が足りずに、列車までの時間を車の中で過ごした。この学ぶ姿勢にまた学ばせてもらう。これは有り難いことだと思う。

■やらないよりやったほうがいいなんてのは嘘っぱち/Tuesday,13,July,2010

 なんだか皆疲れた感じで、きょうは一日中どうでもいいような雰囲気だった。いえいえまさかそういうわけではないだろうが、僕自身が疲れていたからそんなふうにとってしまった、といことにしておこう。夕方にやる予定だったことは、やらないことになった。そもそもいろいろと詰め込み過ぎなのだ。昨年度までやっていたもう一つのあることは、誰も何も言わないうちに廃止になった。してやったり。やらなくても誰も気付かないのだから、始めからどうでもいいことなのである。

 やらないよりやったほうがいいなんてのは嘘っぱちで、早々にやめてしまったほうがいいことのほうがこの世にはたくさんある。どうも僕らは根本的に自分達の首を絞めるのがすきなのだ。それを真面目と言ってはいけない。どう考えても不真面目な態度なのだ。疲れたら休めば良い。それなのに休まない。どんなに暑くて効率が悪くても働けとか勉強しろとかいうのは人を騙していることだ。はー、僕は、真の真面目人間をこそ目指そう。

■優位な人たちは気づかない/Monday,12,July,2010

 月曜の早朝からサッカー観戦。ワールドカップの決勝を後半から。午前中は座る暇もなく、気がつくと昼。午後に少しパソコンに向かうも、たいした仕事はできず。夕方からは会議。会議が終わると、どっと疲れが出る。ひとつ多くの人と認識が違うのは、僕に言わせれば今がすでに負担超過の状態だということ。我慢できるうちは詰め込んでもよいと考えている人もいるが、それは肉体的に優位な人たちだけだ。若さや体力が満ちあふれている人は、弱い人々のことを考えない。しかし、弱い人々は心でそれらを補うことができる。弱いからこそ、といっていいのかもしれない。優位な人たちは、そのことにすら気づかない。

■夜まで一歩も外に出ない/Sunday,11,July,2010

 日曜というと夜まで一歩も外に出ないという週が続いている。この日も眠くて、11時頃から3時間も寝た。だからラジオも聞かなかった。そしてしばらくするとまた眠くなり、再び3時間くらい眠った。昼飯さえ食べなかった。それは必要な眠りなのだろうか。この時間を読書に回したら、もっと充実した休日になったものを。

 床屋にも行きたいのだが、エネルギーがわいてこない。20時頃になってようやく動き出す。電気屋でマウスを買った。うどんを食べて、スーパーで買い物をした。冷たいものばかり買い込んだ。

■それぞれの歴史が引き合わせるもの/Saturday,10,July,2010

 出会ってからはもう何年にもなるけれど、いっしょに過ごした時間は2か月にも満たない。時間を共有することでみえてくるものがあるだろう。しかし、その前にすでにみえているものもあるだろう。偶有性の面白さはいうまでもないが、これまでのそれぞれの歴史が引き合わせるものの面白さというものもまたある。

■行ったことのない場所に行ってみたい/Friday,9,July,2010

 年に一度だけバッターボックスに立ち、一度だけ思いっ切りバットを振る。いわゆる呑気な指名打者達は自分達のチームが守備に着くときは木の下でのんびりした時間を過ごす。風が当たって気持ちがいい。だけど僕はこんなグラウンドよりも高原がいい。できるなら参加したくなかったし、早く帰りたかった。

 草いきれの中でのんびり散策したい。いつか7月に上司と二人で岩手山に登ったことがあった。そのときのお花畑の奇麗だったこと。僕はこの世にこんなに美しい場所があるなんてと思った。そして、いつかまた来ようと思ったものだ。山に登った人だけが味わうことのできる感覚だろう。

 そういうわけで今日は早くに上がったのだった。しかし通院だった。眼科に行って1時間以上も待った。地方の番組をずっと見ていた。どの店がいいとか、どういう調理法がうまいとか、食べ物の情報ばかりだった。

 いちばん会いたい人と会って話を聞く。温泉に行く。生協で総菜やビールを買って部屋で宴会をする。そのうち眠くなって、眠ってしまう。何か一つ小さな期待があったが瞬時に夢のようにはかなく消えてしまう。ほんとうのことを言えば、行ったことのない場所に行ってみたい。夢の中ではなく。

 

■継続する意義があるかどうか/Thursday,8,July,2010

 この日の日記をずっと飛ばしていたのには理由がある。いやない。とにかく、この日行われたわりと大きなイヴェントは、それまでの僕の仕事からすればけっこう大きなことだったのだ。しかし終わってみればたいしたことはない。しかもその存在意義さえ問われるような反省点の多いイヴェントだった。それはこちらの運営が悪かったということでない(と信じたい)。むしろイヴェントのかたち自体が時代にそぐわなくなっているということであり、継続する意義があるかどうかという問題の提起であったと考えている。暑さの中の疲れというだけでなく、一つの大きな徒労感が残ったのであるが、それでも黙っていれば来年度以降も続けざるを得なくなる。やめたほうがいいことはやめたほうがいい。それを担当として自覚できたことを成果としなければ。大事なことは、年度末の慌ただしさの中でこのことを思い出せるかどうかということである。

■おそらく大半はゴミになる/Wednesday,7,July,2010

 毎日郵便受けにゴミが届けられる。不要なチラシの類である。おそらく大半はゴミになる。郵便受けの下に大きなゴミ箱でも置くと良いと思うのだが、そうなるとアパートの管理者にまた負担をかけてしまうことになる。いつも掃除をしてくれたり、花を飾ったりしてくれている人々のことを考えるとそれも申し訳ない。

 職場でも、家の中も、不要な紙類がたくさんあって、それが知らず知らずのうちに積み重なっている。ゴミとともに暮しているようなものである。この無駄ってどうにかならないものだろうか。どこが無駄で、どこが必要なことなのか。日々の慌ただしさの中で吟味することもないうちに、半年とか1年とか優に過ぎ去ってしまうのだ。実にばからしい。

■蒸し暑いから何をやってもばからしい/Tuesday,6,July,2010

 朝から蒸し暑い。蒸し暑いから何をやってもばからしい。梅雨のさなかにこんなに暑いという異常事態にも、メディアは相変わらずの日常を演じているばかりである。暑さ対策って、いったい何をすればいいのだ。文部科学省もバカである。学力を上げるよりも前に、生き延びることを考えなければ、国益も何もあったものではない。そもそも国をどうしたいかという設計も思想もありはしないのだ。バカなど端から信用しないのがいい。7月の相変わらずの多忙感をどうにかしてほしい。

 昼休み、右目が異常に痒くなった。で、ちょっと掻いたら急激に腫れ上がり、白目がゼリー状に盛り上がりはじめた。周囲がこれはすぐに病院に行かなければダメだというので、予定の出張は人に代わってもらい、眼科に行った。黒目のところはそのままで、周りの白目が赤く盛り上がっているので、黒目が白目に埋没してしまうほどだった。鏡を見て笑った。

 診察によると、これは浮腫、つまり水ぶくれであり、掻いたからだろうということであった。それ以上はわからない。週末にもう一度来るように言われ、目薬を処方された。待合室は涼しくて、目を閉じていると眠りに落ちた。少し家で休んで、夕方からまた職場に出た。

 

■月曜日は調子が悪い/Monday,5,July,2010

 月曜日は調子が悪い。それは僕だけの話ではなく、多くの人が感じていることではないか。土日に好きなことをやった人はその疲れが出るだろうし、仕事をした人もそうだろうし、遊んだ人も疲れを引きずっているだろうし、一二日休んだくらいではどうにも立ち行かない状況がある。それは普段から働き過ぎなのだろう。それにこの蒸し暑さである。これからもっともっと進むであろう温暖化の時代、本気でダウンサイズしなければ死ぬ。

 やることが膨れ上がっている。机の周辺を見るにおそらくその半分はゴミである。仕事も同様で、やっていることの半分はきっと余計なことだろう。やらないよりやったほうがいい、という発想はもうやめよう。

 今思えば、土曜が休みになったときに、金曜を半ドンにすればよかったのだ。欧米追随ではなく、ニッポンのやり方で「楽」な働き方を追求すれば、この先再び一番を取り返すこともできるのでは。

■期日前投票をした/Sunday,4,July,2010

 午前中は机に座って仕事をした。ざっと4時間くらいかけて書類をつくったが、もっとたいへんなのは、わからない人にわかるようにさせることである。書類をつくって終わりではなく、これからが始まりなのであって、まだ何一つクリアになっていないのが、今の状況。ラジオを聴いていたが、あまり面白いとは思わなかった。どんなことがテーマだったのかもすでに思い出せないくらいになってしまった。風呂に入って、ひげを剃って、夕方から涼しい格好でドライブに出た。金融機関のATMで入金と記帳をしてきた。その後、役場に行って期日前投票をした。何をどう選べば良いか、今ひとつぱっとしないのだけれど、権利は行使した。これで、連日の選挙カーががなり立てる候補者名の連呼も、自分には関係ないと、耳にふたをすることができる。その後、町の西側を走りながら何枚か写真を撮った。梅雨の晴れ間、少しだけ太陽が出た。森は大きくなったが暗いのだ。

■自由な時間はどこに消えたのか/Saturday,3,July,2010

 昨夜久しぶりにビールを飲んだらそのまま眠ってしまった。今朝は身体が重くて、思うように起きられなかった。平日と同じ時間に同じように準備をして、職場に行って、書類の整理などをした。午前中いっぱいかけて、重要書類の分別と綴じ方をした。ばからしい時間の使い方ではあったが、これをやらないと話にならない。どこからかアイスの差し入れがあって、それを食べて昼食とする。昼過ぎからは少し場所を変えて、書類の点検作業を行った。これも来週まで伸ばすわけにはいかなかった。こういう土曜日の使い方というのは、以前は当たり前だったような気もするなと、あれこれ思い出しながら思った。かといって、昔に戻ることなど求められない。我々の自由な時間はいったいどこに消えてしまったのか。

■ただ疲れただけ/Friday,2,July,2010

 一日外で暮らした。気温は高く日も照ったが、風があったし日陰を陣取ったので何とか凌げた。見方によっては一日無駄に過ごしたとも言えよう。僕は十何年ぶりに絵筆を取って、目の前に急に現れた子どもたちと、数十年前にもう姿を消してしまった故郷の山を描いた。絵画の基本を僕は勉強してこなかった。ということが、やってみてわかった。学生時代に、本気になってやろうとしていなかったことがはっきりした。基本さえ習得すれば、僕はもっと素敵な作品を描く自信がある。それならいつ習得するのかということだ。充実感というのは、きょうのような日ではなく、もっと別な、天命を果たしたような時にでも使う言葉だ。きょうのは、ただ疲れただけ。

■動いたほうがいい/Thursday,1,July,2010

 昨夜のうちに仕事を進めたので、きょうの分はどうにか処理することができた。こんなふうにその日暮らしでいいわけがないのだが、時間がないので仕方ない。この場合、時間を体力に置き換えても可である。こんなふうに体力のある者が有利な世界だとは思わなかった。中学時代の僕らの先生は、こういうことについては誰一人教えてくれなかった。でもそれは致し方ない。なぜなら、先生たちだって気付かなかったことなのだから。時代はもうそんなところを飛び越えて、想定外のところまで来ている。だとしたら動いたほうがいい。2時間の出張の後再び職場に戻って仕事をする。もう何時になったのかもわからないくらいに仕方なく働いた。

    


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