2010年11月

■管理人さんの退職/Tuesday,30,November,2010

 昨夜は夜更かしし過ぎたので、朝起きるのがつらかった。それでもご飯を炊いて、白菜やネギを切って味噌汁を作った。おかずはないので、生卵をかけて食べた。

 11月も最終日となった。あとひと月でまた正月なんて、時間のネジが緩んでいるみたいだ。どんどんばかになっていき、今に一か月が一週間のように感じられるようになるかもしれない。

 忘れてはいない。全然忘れたいとは思わない。ただ、気がつくと夜になっていて、朝になるとまた仕事が始まって、気がつくとまた夜になっている。この繰り返しだから、誰もどうすることもできないうちに、誰かにどうにかしてほしいなどとも思わない状態に陥った。大切にしまっている言葉を一度も言わないうちに、どこかに置いてきた。もうずいぶん遠いところまで来てしまった。

 きょうをもって建物の管理人さんが退職されるというのを張り紙で知った。せめて最後にはちゃんと挨拶をしなければと思いながら、帰ってくるともう勤務時間はとうに過ぎて、明日からは見知らぬ人がここで働き始める。トイレの水が漏れる音がする。ほんとうに漏れているわけではなさそうだけれど、ほんとうはしっかり見てほしかった。頼めばよかったのに、3年近くもそのままにしておいた。そして、本日ご退職。毎日の快適な住まいはあなたの仕事のおかげでした。どうもありがとうございました。

 

■仕事を進めた休みの日/Monday,29,November,2010

 朝から天気が悪かった。久しぶりの平日休み。ご飯を買いに外に出た。雪が積もっている車がある。山を見たら真っ白だ。と、雪が降り出して、みるみる辺りが白くなってしまった。

 最近は自炊から遠ざかっているから、健康が気になる。特に繊維質が足りなくて、腹の調子があまりよくない。弁当を食べて、コーヒーを飲んだら、何だか具合が悪い。昼頃まで吐き気が治まらなかった。吐きそうになりながら仕事を進め、昼過ぎになって、小休止を兼ねて外に出た。郵便局に行って小包を出し、送金し、切手を買った。役場に行って証紙などというものを買い、封筒に宛名を書いて書類を入れた。白龍でじゃじゃ麺を食べて、また郵便局に行って書類を出して、珍しく年末ジャンボ宝くじを買って、産直の店で林檎を買って、帰宅した。ぐるっと1時間の道のりを散歩した。

 また仕事を進める。夕方になって眠くなる。30分くらい横になる。するとなんだか集中力が出てきた。それから午前0時を過ぎるくらいまでいろいろな文書を一気に作り上げた。明日になったらこれらを全部印刷して冊子にし、会議で確認できるようにする。それで眠れなくなって、いま日記を書いている。何のための休日だったのか。仕事をするための休日だったのだ。

  

■外付けハードディスクドライブの最期/Sunday,28,November,2010

 さて早めに仕事をしようと思いながらだらだらと過ごしているうちに昼が過ぎた。ラジオを聴いていると夕方になった。外付けのハードディスクドライブが反応しなくなったので、しばらく格闘していたがうんともすんとも言わない。インジケータも何も出ない。テストをしてみたけれど、不合格と出る。かなり望みが薄いとみた。幸い、これを導入する以前使っていたハードディスクに、かろうじて8月までのデータが入っていたので、それをコンピュータ本体に移し替える作業をした。iTunesのデータも、8月まで復活できた。その後買ったCDを再度読み込んで、ほぼ元通りになった。残りの何枚かは実家にCDを持ち帰ったので、いつか帰った時に持ってきて作業しよう。と、そんなことをやっているうちに夜になった。夜になってから、電気屋をいくつか回って、バックアップ用の新しいハードディスクを買ってきた。バックアップはあくまでもバックアップだから、元データは残しておかなくてはならない。そんなことはわかる人からみれば当たり前なのだろうが、痛い失敗をして僕は気付いたのであった。

 せっかくの日曜日になにをやっているのだろうか。明日は先週の振替休日をもらった。おかしなことなのは承知で書くけど、明日はいろいろと仕事を進めようと思う。

■後味の悪さ/Saturday,27,November,2010

 天気のよい土曜の朝。身体がなかなか動かない。9時には仕事場に行き、3時間程仕事。途中歯医者に行き、家で昼食をとり、また仕事場へ。16時近くまで仕事をして帰宅。着替えてまた出かける。休みというのに一日中仕事だった。

 人によって考え方はさまざまだから、どれが最良でどれが理想かはそれぞれ判断すればいいことだ。定時に帰れるほど仕事ができるわけではないし、できなければ残業するのは当然だとは思う。しかし、休日にまで職場に来なければならないことは異常だと思う。休日に仕事がセットされており、拒否もできないようなシステムがあるということがまずもって病的。きょうの場合はやらなければならないことが積み重なっていたからだけど。

 休日の職場でおしゃべりをするのがストレス解消になる人もいるかもしれないが、そうでない人もいる。おしゃべりしているくらいなら早く帰りたい人だって多いだろう。いろいろな人がいることを前提に話をしないと、反感を招くことになる。自分は何も好き好んで休日に職場に来ているわけではないよ。僕はきょうの職場での会話を聞きながら少し反感を覚えた。

 夜の会では何人かの懐かしい方にお会いしたことはよかった。それから、大先輩から昔の話をいろいろ聞いた。聞いて感じたのは、昔はそんなにも単純だったのかなということだった。そんなに気楽な稼業だったのかい。昔に比べると現代はなんて複雑で難しい時代なのだろうと思った。でも裏を返せば、思い出話なんてものは単純化されて嫌なことは忘れていい記憶だけが増幅されて、昔は良かったという結論になるものだ。当時は当時で複雑で難解な問題があったはずなのである。単純に昔は良かったということではあるまい。過去にもっと違う方法でやっていただいていれば、今こうはなっていなかったということがあるかもしれぬ。偉いお年寄りもいる。しかし、偉いお年寄りばかりではない。あのようになりたいとかあのようにはなるまいとかいうモデルにはたくさんお会いした。真に受けるでもなく、聞き流すでもなく、心に留まったことだけを心に留めておくに留めておこう。

 それにしてもどうしてこんなに後味が悪いのか。法外な料金、不要な写真、意味不明の酒、余計な疲労と酔い。そして帰るともう21時過ぎ。よくやってる。

■情けないけれども/Friday,26,November,2010

 朝少し早起きして、古い文書をひっくり返していたら、4年前の資料が出てきた。転勤する前の職場でのことで、今とは単純に比較できないのだけれど、言葉にはできないショックを覚えた。そこには一つの哲学というか、はっきりした方針が貫かれているのだった。そして、どうしても今の現状とひき比べてしまうのだった。なんでここには哲学がないのだ。どこにそれを求めればいいのだ。つまりは自分がそれを発信していないということではないのか。顔から血の気が引いていくのがわかった。参った。あの時とは立場が違うだろうが。いつまでも受け身ではダメだろうが。

 技術がない。知識も増やしていない。経験はあってもそこから学んでいない。そんな欠点ばかりが浮かんできて、どうしようもなかった。何より昨日学んだ魂の欠片もなかった自分が恥ずかしくなった。

 変な遠慮とかプライドとか関係ない。自分がもっていないことは、他の人を頼るしかない。忙しいとはわかっても、頼んでやってもらうしかない。当然やらねばならないことなのに、ずっとわだかまりを抱えて、そのせいですべてが遅延していたのだ。そう思ったら皆に謝りたくなって、それでも一人では先には進めなくて、関係部署にあれこれ頼んでは、書類を作ってもらったり、ファイルを直してもらったりした。情けないけれども、こんな自分を受け入れてくれるスタッフは本当にありがたい。

 朝には非常に焦って取り乱してしまったのだが、少しずつ正気を取り戻し、笑顔も出るようになった。気がつくと別に皆は怒っていなかったし、時間はいつもと変わらず普通に流れていた。僕は僕のことを淡々とこなせばいいし、皆は皆でそれぞれのことをこなせばいい。夕方には少し和やかな雰囲気が広がって、ちょっと愉しい気分になった。ここ数日の話題がまた上ると、それぞれの哲学がぶつかりあう場面もあった。結論は出なかったのだけれど、価値観がぶつかりあったのはいいことだと思った。

 きょうは多くの人が早めに帰宅し、気がつくと数人だけになった。帰りましょうという声に乗じて僕も途中で切り上げた。スーパーに寄って弁当とかサラダとかを買って帰宅した。自炊生活はどこにいったのか。情けないけれども。

■仕事にまつわる話/Thursday,25,November,2010

 午前中は多少慌ただしかったが、昼からはゆっくりとした時間が漂っていた。パソコンに向かって入力をした。その合間に来客があって対応した。最近では多くの来客があり、さまざま有益な情報がもたらされる。対応に当たった担当者がスタッフに伝えることになるのだが、すべてが二次情報になってしまうと思うと何とももったいない思いがする。

 例えばクライアントとの間に壁があって、壁越しに言葉を発しているようなものである。そしてさらに、そのクライアントには強力な後ろ盾となるスポンサーがあって、最後はどうしてもそのスポンサーの理解を取り付けなければならない。非常に間接的なことばかりをやっている。

 僕らはその壁を薄くする努力を続けている。信頼感や協力を基盤として、毎日補い合いながら進めている。時間のないところでも話し合い、合意しながら先に進んでいる。喩えが相応しいかわからないが、少しずつ掘り進みながら開通を目指す営みは、まるでトンネル工事さながらである。工期は定まっているから、粘土質の部分は一気に掘り進む、しかし岩盤のところは非常に慎重に切り崩していく。

 それにつけてもいちばん神経を使わなければならないのは、スポンサーとのやり取り。こちらの方針や思いをどれだけ伝え、スポンサーの意向をどう反映させるかが、最も苦心するところである。何が最も幸せか、お互いの価値観のせめぎ合いの中で、クライアントの幸福を中心に据えて考えることは当然としても、基本的な共通認識をどう取り付けるのかという部分で躓くことが多いようだ。

 時代状況をどのように捉え、どのような人生観をもつのか。危機ととるか好機ととるか。停滞ととるか前進ととるか。5年後の安楽をとるか、30年後の安心をとるか、それとも60年後の安息をとるか。結局のところは未来創造の哲学とでもいえばいいか。各自がそれをもって初めて、同じテーブルにつけるのかもしれない。

 こんなことを書くつもりではなかった。きょうは上司の話を長々と聞いた。ある冊子の誕生についての秘話だった。3年前が発端で、それから今年の夏頃まで紆余曲折があったそうだ。その中心となって奔走した当の本人の話は、複雑で長かったのだけれど聞いていておもしろかった。各部署の長と名のつく人たちの中にも、いろんな人がいることに驚いた。その中でよかったのは、「どれだけ魂のある仕事をしているか」というフレーズであった。いい加減で魂の感じられないやっつけ仕事で暮らす者もいれば、魂のこもった仕事を貫いて終える者もいる。難しいことはさまざまあれど、「魂があるかどうか」というのはひとつの明快な基準ではないかと思い、何だか目の前が明るくなったような気がした。

 その後は半年ぶりに歯医者に行った。歯石の除去を行ってもらい、口の中もすっきりした。

■普段やっていること/Wednesday,24,November,2010

  休日の翌日は、なぜだか翌日が休日だと勘違いしがちだ。しかし、休日だからとてゆっくり休めない時期に差しかかってきた。がんばりどころ。日々訪れる変化の波に上がったり下がったりしながら立ち向かう。微妙なニュアンスが表現できなかったために、作らなければならない文書がまた一つ増える。吟味すればするほど複雑化していく。でもそれは吟味が足りないということではないのか。求めるのは誰もが納得するもっと単純で見通しの良い環境である。

 伝わらないのは溝があるからで、こちらの一方的な瑕疵が原因などとは考えないほうが健康的だ。溝の正体は世代の差などという簡単なものではなく、個々のこれまでの学びや刷り込みの差と考えたほうがよい。過去に抱いた意識がそのまま、あるいは、増幅されて今に至っているいわば学ばない者と、過去に疑問を呈し、問題改善や本質追求を志して学ぶいわば未来志向の者とでは、気付いた時には立ち位置が全く異なっている。何事も、伝わる人には伝わり、伝わらない人には伝わらない。当然のことだ。

 すべての人と繋がろうとするとき、無数のチャンネルを用意するか、それとも、一つのチャンネルだけを万人向けに構成するか。二つの方向性があるだろう。実際にはどちらかではなく、どちらも駆使することが求められる。双方を使いこなす感性と瞬発力が必要だ。一人一人が何を求めているかを読み取りそれに応えると同時に、すべての人を惹き付けなおかつエッセンシャルな情報を短く単純に伝え、心に定着させていく。僕らはその技量を鍛えるべきである。

 なんだ。複雑なことを考えたつもりが、普段やっていることそのままじゃないか。

■タイヤ交換と文具店/Tuesday,23,November,2010

 勤労感謝の日はレイバーデイか。感謝祭と混同していた。食べ物を感謝していただこうなどと昨日は間抜けなことを言った。仕事に明け暮れる毎日だけど、きょうくらいは仕事を忘れる日にしよう。

 ゆっくり起きて実家まで車を走らせる。小屋から冬タイヤを出して付け替えた。前回この作業を自分でしたのは7年以上前のことだと気付いた。つまりこの車では初めてだった。ジャッキで持ち上げ、ネジを外して、タイヤを付け替え、ネジを締める。単純作業を4回。ガソリンスタンドで頼むとだいたい2000円かかる。自分でできるならちょっと汗をかくくらいどうということはない。しかし、車を買ってからきょうまでそれを避けてきたのはなぜだろう。

 昼にはまた盛岡に戻り、みたけにできた新しい店に行った。大きな書店に大きな文具店に大きなCD屋がくっついた店。これまでちょっと文房具を探したい時は花巻まで行ったものだが、盛岡にもようやく満足できる店ができたかという感想。別の見方をすれば、なぜ盛岡の老舗が実現できなかったのか。大通りや肴町の書店の惨めな状況は殿様商売から脱せなかったことを如実に物語る。郊外に店舗を広げた書店もあるにはあるが、ここまで大胆な発想の転換はなかった。それを花巻の店がやってのけたことはすごいと思うが、ある意味盛岡の敗北だ。なんだか情けない気持ちになった。

■旅をしながら暮したい/Monday,22,November,2010

 7日の日曜に休んで以来、一日も休み無しでここまで来た。きょうは早く帰ろうと思っていたのだが、そんな日に限って当番に当たっており、夕方ほぼ誰もいなくなってから見回りをしなければならなかった。きょうは飛び石連休の中日ということもあってかいつにもまして手薄で、その分人的配置を調整する手間がかかった。部屋を見回っていると腹が立ってきた。腹を立てては気持ちを鎮めようとした。

 同じ職場に長く留まる人と、短い周期で転々とする人とがいる。10年選手など最近はさすがに見られなくなったが、そんなに同じところに居続けるなど僕には考えもつかないことだ。飽きっぽいわけではない。単に耐性が弱いのだろう。どの町に落ち着くつもりもない。県内にとも思わない。国内にとも思わない。できれば行ったり来たりしながら、つまりは旅をしながら暮したい。戻るところは草庵でよい。

■疲れた/Sunday,21,November,2010

 昨夜は同じ部屋に3人が寝泊まりした。夜には初対面の人と少し話したが、父親を思い出して懐かしくなった。テレビをつけて、アジア大会の卓球やシンクロナイズドスイミングやフェンシングを見ながら。久しぶりにまとまった時間テレビを見た。

 落ち着いた大人というのがいなくなった。僕みたいな者まで大人と呼ばれる年代になってしまったのだから、そう感じても当然だ。子どもの頃にいた素敵な大人たちはどこに行ってしまったのか。それにつけても昨今の子どもたちの情けなさ。社会的な生活力や周辺への配慮がまったくなっていない。

 すべての予定が終了したのは15時近くだった。それからバスに乗って到着が17時過ぎ。ところがその後忘れ物したとかいうのがいて、あれこれ電話で連絡を取って、バス会社の詰め所まで行って、問題を解決して帰宅したのが19時前。疲れた。

■爆弾を抱えた自覚/Saturday,20,November,2010

 いちいち気にするわけではないが、ともにいる時間が長くなるといろいろなことが目について、腹が立つこともしばしば。たしかにこの人たちの課題がみえてくる。都会人と呼ぶにはあまりに田舎者の実態は、中途半端で恥ずかしい。

 早朝には電話が鳴った。当初の計画とは違うことになった。案の定、という感覚。思う通りにはいかないが、多くの人に協力を得ようとするとその程度のリスクはあって当然である。しかし、彼らにはこちらがみえているほどのことがみえていないのは恐ろしい。爆弾を抱えた自覚がないというのは。

■束の間のひととき/Friday,19,November,2010

 2時間仕事して、息つく暇もなく出発。車ではなく今回はバスに揺られての出張。車内で昼食をとり、後は本を読んだり、眠ったりしていた。気持ちはずいぶんと楽だ。普段の業務のことを考えなくてよい気楽さ。そして、明日の朝まではひとりなので、思う通りに過ごせることも大きい。明日になれば声の大きな人や初対面の人やいささか様々抱えた人々も合流し、面倒なことになりそうである。その前に少しゆったりと過ごしたい。
 小さな港町の宿は、少し古いがのんびりとして悪くなかった。近くの名所まで散歩をした。波が高くて迫力があった。途中で日が暮れ、月がきれいに出た。夜には宿の部屋で宿題をいくつか進めることができた。先日引き受けてちょっと後悔していた1000字の原稿も終わった。束の間のひとときを楽しんだ。

■頭が痛くなってきた/Thursday,18,November,2010

 うまくいかないことが多い。頭が回らない。きょうは少しだけ空いた時間に、きのう足せなかった用を足しに外に出た。ただバスの乗車券を購入するだけなのに、それがなかなかできなかった。エージェントに依頼をしていたのだが、結局できないという返事がきたのだった。いざというときにあてにならない機関も多い。だんだん頭が痛くなってきた。夕方からも特別なことがいくつか重なり、19時過ぎからは一時間ほど相談に対応した。すべてが終わり、息をついた頃にはもう21時を過ぎていた。ありがたいのは同じ部署の人々で、皆がさまざまな場面で気を回して動いてくださる。すべて自分の至らなさを周りが埋めてくれているので、それで前に進んでいるような感じだ。感謝。

■集中できぬ/Wednesday,17,November,2010

 通常業務のほうを疎ましく感じてしまうのは自分としても心外なのだけれど、あまりに時間数が多過ぎる。それに本分とは思えぬ特殊業務が積み重なり、声を上げても仕方ないけれど、声を上げねば何も変わらぬ。ぼやきとはいえ、最近は何かとわざと聞こえるように声を上げている。これほどの状況でどれも抜かりなくできるとしたら超人だ。僕は凡人なのでどれも満足がいかぬ。集中できぬ。

 昼過ぎからは出張だった。用を足してから行くつもりが、次々と来る人への対応をしていたら用を足す時間がなくなった。出先での仕事は三人組で行った。いつもそうだが、僕らの業種のほうがどうしても時間がかかり、終わった頃には回りには誰も残っていなかった。人員配置の不均衡を何十年と放置したまま。それは行政組織の在り方に起因するようだ。ばからしい。実にばからしい。

■イヴェントとコミュニケーションと英語/Tuesday,16,November,2010

 午後には割と大きなイヴェントがあって、多くの人を前にして長時間の話をしなければならなかった。朝に少し準備をしてからは、午前中4時間立ちっぱなし、休息無しで通常業務を行った。昼食を取るともう休む暇はない。何の感情の起伏もないままに、始まって、喋って、無事に終わった。途中で少し頭が混乱したが、スタッフ皆の協力とフォローのおかげで無事に済ませることができた。終わったというけれど、ここからが始まり。さて明日から。気が引き締まる。

 先週抱いた焦りの感覚はすっと消えてちょっとホッとした。離れていればディスコミュニケーションが進行するのは致し方ない。でもお互いを縛らないためには必要な言葉がお互いあってしかるべきだろう。言葉以外に気持ちを伝える手段はないのだから。それがコミュニケーションの苦手な者どうしならなおさらだ。と自戒を込めて書いておく。

 イヴェントが終わるとまた通常に戻る。遠ざかっていた部屋に入るとそこには長期滞在のアメリカ人の青年がいた。何週間か前に彼と小一時間話をして愉しかった。彼も愉しかったのだと見えて、彼は僕を待っていたように思えた。普段の控え室ではあまり話しをする機会はない。きょうは前回にも増して遠慮無しに英語で話しかけてきた。一つ大きなことが終わったタイミングで来てくれたのでこちらも気分がよかったから、恐れずにいろいろ話してみた。きょうも一時間以上話をして、愉しい時間を過ごすことができた。英語に限らず、習ったことは使わなければ身につくものではない。使えば愉しさもわかるし、何よりその重要性や有用性が身体でわかる。そうすれば、どうしたって身につけなければと、気持ちが前向きになる。

 

■月曜日のへとへと/Monday,15,November,2010

 週が明けると一気に週末までなだれ込むのが最近の感覚だ。自分の精神の置き所が極端に狭くなっている。この日記に向き合うことでかろうじて僕の僕らしさをつなぎ止めているような。この日何があったのか、一日過ぎるともう思い出せない。朝いた場所と全然違うところに立っている。これほどスピード感のある毎日をかつて過ごしたことはない。取り方によっては充実感と呼ぶ人もあるだろう。しかし、それは曲解というものだ。まるで車窓の景色を楽しむこともできない新幹線での日帰り出張のよう。効率とか成果とかを求めるのなら、人らしさを捨てさせてまで一つのコマとして使い倒す。それが現代社会の論理とすれば、こんなに体の良いコマもない。どこまでも日帰りで出かけては飛んで戻る。感情や意志など邪魔なだけだから、鞄に隠してたえず持ち歩かなければならない。

 そうして一週間が経ち、日曜を迎える頃にはその反動が出る。隠していたものが飛び出して、部屋をいっぱいに埋め尽くす。目と指先だけ残して身体の動きが止まってしまう。静と動があることはよい。だが、平日と週末の活動と休息のリズムはまったく不均衡であって、月曜にはきまってぎこちないままに夕方を迎えてしまうのである。そして夕方から4時間の残業。ほんとはすぐに帰りたい。でもこれをやらないと、どうしても翌日を迎えることができない。それで帰宅するともうへとへと。

■ガソリンスタンドでエンスト/Sunday,14,November,2010 

 今週は休みがない。昨日と同じくらいの時間に職場に行き、昼過ぎまで仕事をする。仕事の合間に、机の下や戸棚の整理をして、当面必要のないファイルなどを処分したり、撤去したりした。かなりすっきりさせたのだが、一週間くらい経つとまた元の木阿弥となるのだろうか。

 ガソリンスタンドで給油をして、いざ出ようとしたらエンジンがかからなかった。それで店員に話をしたら、バッテリーだという。30分から40分で交換できるというのでお願いした。ついでにオイル交換も頼んだ。定期点検の案内が届いてからずいぶん経つから、気になっていたところだった。車にも、何とかタイマーというのがあって、時期が来ると自然に故障するようになっているのだろうか。それにしても、エンストの場所がガソリンスタンドだったなんて幸運だった。それに、最近ではセルフの給油所しか使わなかったのに、きょうに限ってフルサービスのところを使ったのも不思議だった。無意識にそういう選択をしたのだろうか。待ち時間は少し読書をしていた。だが、昼時だったので近くのラーメン屋まで歩くことにし、食事して戻ると車は出来上がっていた。

 産直で買い物をして、戻るといつものように眠くなった。考え事をしていたためかずっと夢を見ていた。次の休日は23日だ。そのあたりにはタイヤ交換をすることになりそうだ。

■昭和の風景と変わり過ぎた町/Saturday,13,Novembern2010

 いつもより30分くらいゆっくり寝ていた。そのため朝食を抜かした。きょうの仕事は16時過ぎに終わった。その後、バスセンターに寄って切符を買おうとしたが、有効期限の関係でまだ買うわけにはいかないことがわかった。年末らしい電飾が街を飾っているのを見た。それほどの寒さはない。そして、それほどの愉しさも感じない。バスセンターの内部は昭和の風景。日本で一番古いのだそうだ。平成に入って、技術は飛躍的に進歩したのかもしれない。でも、人の生活の基本的な要素は皆薄まってしまった。家族だってばらばらだし、親も子も互いのことを思いやるでもなく信じるでもなく。ユニコーンの「大迷惑」が流行ったのが昭和の終わり頃。今その歌詞とほとんど同じ境遇が自分に降りかかっていると気付いた。世の中何にも良くはなっていないことに驚く。

 一旦家に帰って、着替えてから床屋に行った。あまりに茫茫の頭髪を短く刈った。目を閉じると眠りそうだった。二度ほどがあっと鼻を鳴らしてしまった。その後は本屋。そして、すぐ近くのビルの地下の店で夕食。このビルは昔から好きだった。それこそ昭和の時代には、玩具売り場もあったし、趣味の切手とコインの売り場もあった。高校時代には地下のラーメン屋で友だちと食べた記憶がある。今ではすっかり様変わりした。地下に入ったのも十何年ぶりだったが、階段を下りて正面に洋食屋があって、そこはジャズがかかっていて、居心地の良い空間だった。しかし、この町にどれほどの未練もないな。ヨーロッパやカナダの田舎町の人のように、自分の町を一生愛せるような度量は僕にはない。町はあまりに変わり過ぎた。

■笑うしかない/Friday,12,November,2010

 凄い過密スケジュールだったので笑った。夕方には会議もあり、しかも夜にはまた先週と同じ人が現れて厚さ十センチの書類入り包みを置いていった。通常業務の他に、というよりもさまざまな特殊業務が折り重なり、通常である日が一日もない。普通であることがない日常なんて異常以外の何ものでもない。机の上の惨状を見詰めながら、笑うしかなかった。笑うしかない。笑いなら、誰も傷つかない。

 飲み会のある部署が多くて部屋に人がほとんどおらず、お蔭で机上整理ははかどった。喉元過ぎれば熱さ忘れるの調子で、皆自分の上の嵐が過ぎ去るのを我慢して、同じような年を何十年と続けてきたのだ。変わる機会を機会ととらずに、何もせぬままやり過ごしてきたのだ。可笑しい。自ら進んでそうしてきた自分達自身のことを考えると、やはり笑うしかないのである。誰も傷つかないけれど、笑いながら僕はこれまでの人々をばかにしているのかもしれない。怒りを通り越しているわけではない。怒るほどの労力は不要。

 帰り道の月を見上げる。自分は言葉しか信じていないのだとつくづく思う。察したり慮ったりすることを拒絶し、気配りや思いやりなど表現しない。笑顔は本心を偽るため、戯けは油断を唆すため。

■誰かの真心が自分に/Thurdday,11,November,2010

 きょうは何の日と問うと、いちばん多いのはポッキーの日という答え。何年前からなのか、企業の宣伝が功を奏し、若い世代には意外なほど浸透していることがわかる。その他には、鮭の日、乾電池の日などというのが挙げられる。毎日が○○の日であるけれども、その願いや意味など、根っこの部分はみえにくい。

 きょうは第一次世界大戦が終結した日であり、リメンブランス・デイ(英霊記念日)として戦没者の霊を慰める特別な日としている国々が多いらしい。カナダではこの時期、胸に赤いポピーのバッジを付ける人々をよく見かけた。アメリカ合衆国ではヴェテランズ・デイ(退役軍人の日)という祝日らしい。こんなことは日本国内にはなかなか伝わらず、報道する機関もない。知らされないことが山のようにある。僕らはいつも限られた情報の中で生きている。

 毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ。タイヤキの歌が流行ったのは30年以上前のことだが、今の子どもたちの中にはこの歌を歌える人もいる。レコードのB面だった「一本でもニンジン」を歌っている人がいて驚いたが、A面もB面も既にスタンダードナンバーとなったというわけか。

 毎日毎日よく働かされる。働いてはいるけれど、自分を擦り減らすような働き方になってはいないかと自問する。働けば働くほど心が満たされるのがほんとうの仕事ではないのか。

 きょうはまるで初冬の空気のように透明感溢れる一日だった。書物、挨拶、対話、再会、協力、傾聴、相談。いろいろな場面で心が揺さぶられた。感動に打ち震えるようなことは滅多にないが、そんな自分でも、きょうという何気ない一日の中で、ありがたいとか、うれしいとか、よかったとか思う瞬間というのが確かにあった。それらは皆、誰かの真心が自分に伝わったということだ。受け取ったその気持ちを、次は自分がまた誰かに伝えていく。瞬間瞬間にそんなリレーを繰り返している。

■人のよい人が無意識に/Wednesday,10,November,2010

 一日はあっという間に過ぎ、日が暮れた。自由に使える時間が比較的多かったのにも拘らず、何もまとまった仕事ができなかった。件の書類に目を通して返却するとまた次の包みが来た。これをあと2回繰り返さなければならない。いつまでと確認するといつまででもと誤摩化すが、実は17日に最終の会合があることは耳に入っている。逆算すればどれだけ酷い日程であることか。それを敢えて隠していつまででもと言ってのけるのである。初めこそ下手に出ても、いざ始まると容赦なく責めてくる。そうやって最後まで騙し続けるつもりか。

 だが、これが悪意でないことはわかる。むしろ人のよさや遠慮深さがそういう態度に化けるということも理解できる。人のよい人が無意識に振る舞っているだけに却ってタチが悪い。こういう方達から、こういうシステムから、さて何を学ぶか。いつでも試されているのは自分。

 夜には某団体の会議に出た。以前の職場の同僚の何人かと顔を合わせた。今年も次の年のことを決める時期になってきた。たしか去年もこの場所で同じような話を聞いていたなと思い出したが、一言も聞き漏らすまいと必死だった去年と比べて、今年はずいぶん冷静に話を聞いた。この団体も互助が基本ではあるが、お互いの結びつきを考えるより前にまず自分の存在を確かめることが先決とみえて、会議の気分はすっかり白けてしまっている。どこもそれだけ疲弊していることがうかがえる。

■信用失墜行為/Tuesday,9,November,2010

 足の痛みなどたいしたことではなく、歩くことで解消できるようなところもある。運動不足なのは間違いないから、文句を言わずにもっと歩いたほうがいいだろう。

 先週末に依頼のあった仕事に取り組んだ。その時は付箋の貼ってある一部だけ目を通せばいいような話を伺ったが、実際やる者にしてみれば、まさかそんな不誠実なことができるわけがない。そんなこと、はっきり言って言語道断である。そういうあまりにいい加減な仕事姿勢をもって例えば管理職になる者がいるとしたら、この業界は腐っていると言われても何も言えない。先日報道のあったどこかの管理職の会見のように、見る者の背筋をぞっとさせるにあまりある行為に相違ない。それは幻滅とか失望とかいうレヴェルにあらず、完全に社会的信用失墜行為である。などと、寒い部屋にひとり閉じこもって書類に向き合っていると、怒りがどんどん増幅されていくわけである。

 一区切り終え階下の部屋に戻ると、あれだけ残業する者達で賑やかだった部屋ががらんとしている。上役が二人だけ、仕事をしている。僕の職場に関して言うと、この方達の仕事に誠実な態度は素晴らしいと思う。この誠実さが皆のことを支えてくれているのだ。そこまで思いを至らすことは普段はあまりないけれど。上役には恵まれていると考えてよいのではないか。

 一昨日作った書類に不備があるから書き直すように言われた。提出は明後日の朝までだそうだ。それで仕方が無いので叔母に電話した。大通りで待ち合わせて夕飯をともにし、一昨日と同じ書類に印を押してもらった。ビールやワインを飲んで、サラダとドリアを食べた。きょうは僕が持つべきと言ったが叔母は受け付けなかった。またご馳走になった。

■ちょっと嫌な兆候/Monday,8,November,2010 

 右足の裏が痛い。今夜は湿布を貼って寝ようと日中には思うが、寝る時になると忘れてしまう。痛いけれど、だからといって歩かないよりは歩いたほうがいいと思うから、きょうも歩く。それで歩いていると、痛みも忘れて散歩気分になれる。帰るとまた痛みが意識にのぼり、寝る頃には慣れ、湿布を忘れる。その繰り返し。

 昨日の立冬を過ぎて、町の樹木の葉っぱが勢いよく落ち始めたように感じられる。色づいた葉っぱはすぐに落ちて死ぬ運命にある。人間の目にはその紅葉が美しく感じられる。子どもの作文のような感想だが、その不思議さが強く感じられる。この先もっとその愛しい思いは強くなっていくのだろう。

 週末の反動からか、夕方にはなんだか疲れてしまって、頭が回らなくなった。言葉も出ない状態。預かった書類を読むのも集中できない。20時頃までやったら具合悪くなって、吐き気を催した。

 帰り道は混んでいた。店にもコンビニにも人が溢れているように見えた。人のいるところには入りたくない、通りたくないという気持ちが強くなった。ちょっと嫌な兆候。

 

■テレビをつけながら/Sunday,7,November,2010

 朝にはテレビをつけながら、掃除や洗濯などをして過ごす。新聞やらネットやらをぱらぱらとまとまりなく見る。新聞もいい加減止めたくなってきたが、ラジオやネットだけでは心許ないのも事実。

 昼には母と叔母とともに昼食。住居関係の書類を書いてもらう都合上こちらから誘ったのだが、逆にご馳走になってしまった。昼間からビールも飲んだので、その後は頭がぼやっとして使い物にならなかった。だいたい日曜に仕事なんてしたくない。時間がないと言いながら、日曜はゆっくり休む。したくないことをしないで済むのだから、幸せなのかもしれない。その分週日との落差に疲れるのだが。

 夕方から2時間くらい睡眠。夜には1時間くらい散歩。本屋で文庫本を物色。広い本屋だからといっても時間と気力が無い時は全体を眺めて品定めするまでには至らない。きょうみたいな日には、文庫だけ、とエリアを区切って見ることになる。本屋とは自分の関心を確かめる空間であると再確認。

 帰宅後は日本シリーズをつけていたが、昨夜と同様長い試合になった。優勝監督のインタビューの直前で打ち切りになったのはどういうわけだったのか。視聴者第一だとしたら考えられない判断。

  

■怒りの矛先はどこに?/Saturday,6,November,2010

 午前中にはUSTREAMでジャーナリストの岩上安身と元警察官の仙波敏郎との対談を見た。仙波氏は、在職中に警察の裏金について初めて内部告発をした人だという。そのためさまざまな差別を受けてきたそうだ。番組では、裏金以外にも恐ろしい実態があからさまに語られた。大手のマスメディアではとても扱えないような「真実」が、耳を疑う暇もなく次から次へと飛び出した。ほとんどすべての人が手を染めているので、内部からは出そうとする人はいないらしい。今の若い人が退職する30年後くらいには暴露する人が出るかもしれないとのことだったが、そんなに待っていられない。何しろ全国で毎年400億円もの公金が個人の懐に不正に収められているというのだから。

 11時頃職場に出かけ、12時半には場所を変えて仕事をした。合間にも昼食が取れぬままだった。仕事が済んだのが16時。いくつか買い物をして、ラーメン屋に寄って早い夕食をとって帰宅した。

 昨夜腹の立つことがあったので書いておく。とある事業所のナンバー2の方から電話をもらった。某書類の審査委員の依頼だった。先月の8日に最初の電話があり、その時は多忙を理由に断った。だがもしも他に見つからない時には引き受けてほしいというので、その時にはやるからとは言っていた。

 それが、一か月くらい過ぎた昨夜になってようやく、誰もいなかったから頼むという。いったいこれまで何をしていたのか。その書類の審査は3人の委員が行う。150編ほどを3つに分けて、約1週間交代で回し読みをして評価をする。最後には3人で話し合って、最終的な結論を出すという流れである。1編は約2000字、それを一週間50編、それを三週間も読み続けなければならないから、かなりの苦痛なのだ。

 他の人から聞いた話だが、実は先月の12日に第1回の会合が開かれており、その場で既に委員として僕の名前が挙がっていたのだそうだ。それならなぜその会合の案内が来ないのか。その時には既に原稿があったはずである。それを放置して、一か月も経ってから慌てて電話をかけてよこすのか。そのナンバー2の方が、今からその書類を持参するというので職場で待っていると、19時過ぎにその人は厚さ10センチの書類を持ってきた。いつまでにと聞くと、「来週の早いうちに」という。「できれば水曜日くらい」だと。無理なので「金曜日までには」と答えた。書類のリストが見当たらないから、「リストは無いのですか」と聞くと、「えっ、ありませんか、今から戻って取ってきます」と言って慌てて出ようとする。ちょっと待ってとそれを制し、「きょうはもう読まないから後でファックスを送ってください」と頼んだ。あまりに人をばかにした話である。腹が立つのを通り越して、情けなくなった。

 昨夜届いたのが3分の1だとすると、その3倍読まねばならぬということか。再来週には最後の会合があるらしい、だが日取りは未定という……。単純計算すると、この先1週間で150編すべてを読み終えねばならないということである。一か月前に連絡を受けていたならばと思うと残念でしかたない。この怒りの矛先をどこに向ければいいのだろうか……。アルバイトを雇いたい気分でいっぱいだ。

■ 見えるようになりました(感謝)/Friday,5,November,2010

 昨日一日金曜日と錯覚していた。しかし金曜日はきょうだった。午前の途中までは出張で、ある説明会に参加した。会場までは車を使った。天気もよかったので、ちょっとしたドライブ気分だった。説明会自体は楽なものだった。ところが、終了時刻が予定よりもずいぶん超過したため、帰ってからの仕事に間に合うかどうかが微妙になってきた。それで終わりのほうでは気持ちが焦り、最短で帰れる方法はなどと考え、説明も上の空の状態になってしまった。

 そこでひとつ失敗した。帰りに資料を持ち帰るようにと話があったにもかかわらず、受け取るのを忘れて戻ってきてしまったのである。車を走らせしばらくして気づき、自己嫌悪に陥った。戻れば仕事に間に合わぬ。着いたらすぐ電話して、夕方取りに行こう、ということにした。

 焦ると良くない。聞いたばかりのことを忘れてしまう。いや、焦ったなんて言い訳で、普段から粗忽者なので、それがきょうも出てしまった。だいたいきょうは朝から気が抜けていたのだ。でもいちばん良くないのは、余裕無く動かねばならない職場の体制のほうだ、などと人のせいにしたりして、嫌な気分だった。で、結局のところ5分遅刻。夕方には、帰りに近くを通る同僚が寄ってくれるというのでそれに甘えた。すみません。

 ところで、トップページが表示できない原因をきょうある方が突き止めて下さった。なんとタイトルの「ぽるけ?」の「?」が原因だったそうだ。「?」を取るか半角に変えるかすると、ページが現れるという。それでさっそく「?」を半角に変えてみると、不思議なことにページが見えるようになった。その方によるとインターネットエクスプローラのバグだろうとのことだったが、知識も技術もない自分にとっては「?」の結末であった。まさに「ぽるけ?」である。お蔭様でした。感謝いたします。

 トップが見えない件がテキスト庵で話題になってからアクセスが急に増えた。始めて11年になろうとしているが、これだけの人が訪れるのは初めてのことだ。このことをきっかけに来て下さった方々が今後も続けて来て下さるかどうかは、自分が読むに値するものを書けるかどうかにかかっている。とはいえ、あまり気負わずにこれまでどおりのスタンスで書いていきますので、よろしかったらお付き合いください。

 原因を探って下さった方、書き込みをして下さった方、ひと月遅れの日記を読んで下さっていた方、偶然来訪して下さった方、そしていつも読んで下さっている方、皆様とのご縁がお互いの仕合せにつながりますように。

■田舎嫌い/Thursday,4,November,2010

 岡田博美という音楽家の演奏会を聴く機会があった。バッハ、ショパン、リスト、ドビュッシー、サンサーンスのピアノを堪能させていただいた。何につけ本物にふれることは素晴らしいことだ。この日一日いつもよりも輝きが違っていたな。相変わらず慌ただしい毎日だけど、その中で一服の清涼剤となった。心も穏やかなまま夜になり、人々の表情も言葉もどことなく柔らかく感じた。

 僕らの日常は本物に近づく過程なのではなかろうか。本物にふれる。本物を知る。本物をめざす。本物に近づく。本物になる。実際には無数の段階があって、近づいたり遠ざかったりを繰り返しながら変わっていくのだろうが、大ざっぱにこんなふうに書けるのではないか。それらはまず第一に、本物にふれるチャンス、本物との出会いがなければ始まらない。音楽のみならず芸術はみなそうだし、スポーツ文化や、学問だってそうだろう。

 本物の存在を知らない子どもには、本物と偽物の区別がつかない。キャッチーなものはみな良いもの、価値あるものと誤解してしまう。学校は、本物に出会うための重要な場所の一つだろうと思う。そこで教える教師たちが、本物と偽物の区別もつけられないとしたら、そこの学校は何をやっているのかということになる。そういう何をやっているのかわからない学校は「田舎」の学校であり、そこで働くのは「田舎教師」ということになる。

 単なる鄙ということではなく、こころが閉ざされてしまう環境ということ。僕はそういう「田舎」が嫌いだ。大都会でも田舎くさい人はいるし、郡部にいながら本物を追求する暮らしを営む人もたくさんいる。断然後者を目指したいものである。

 夜に久しぶりに電話があって、近況の交換の中でそんなことを話したり考えたりしたのだった。

■なんて文化的な/Wednesday,3,November,2010

 昨夜はなぜか金曜の夜に感じられた。月曜火曜で肉体的に疲れたことと、黒木氏のニュースで頭が混乱したことで、眠くてもなかなか寝付けなかった。

 夜の布団の調節がうまくいかない。足りないと寝ていて寒いし、厚いと剥いでしまいこれまた寒い思いをする。いい布団を買おうか。

 きょうも朝から出かけなければならなかった。平日よりも早く家を出て、職場に車を置いて会場まで歩いた。山のすぐ下を通る遊歩道を散歩しながら向かった。晴れたり曇ったり雨が降ったりとめまぐるしく変わる天気の下での行事だった。皆寒くて震えていたが、元気な人は元気なのだった。僕は狭い空を見ているのは嫌だったので、川に開けた、空が広く見える場所に行って立っていた。

 終わると11時を回っていた。職場に戻る途中で公民館の日本庭園を見た。紅葉にはもう少しだった。公民館は市の功労者か何かの表彰式が終わったところで、黒い服に白ネクタイの人たちがたくさんいた。その建物の中に食堂があるのを見つけた。朝食を抜いていたので、ここで少し早い昼食を取ることにする。カレーバイキングが800円というのに惹かれた。インド人という面立ちの方が焼きたて熱々のナンを窯から出してくれた。ナンも三種類あったカレーもおいしくて、少し得した気分だった。穴場の発見。この日よかったことといえばこれだけ。

 黒服の初老男性二人組の客がいた。彼らが給仕の女性に対して「おい!おい!ちょっとそこの彼女!」と大声で呼んでいたのを聞いて不快な感じを受けた。なんて失礼な爺達。この人たちも表彰を受けたのか。どうして? 表彰状を剥奪したい気持ちになった。

 職場に戻ってからは18時くらいまで仕事した。これでは平日とさほど変わらない。21時には眠くて眠くて、電気をつけたまま横になって眠ってしまった。なんて文化的な文化の日だろう。この3年は毎年このパターンである。

■ぽるけのわけ/Tuesday,2,Novemberer,2010

 「ぽるけ」はスペイン語で「なぜ」「なぜなら」を表す単語です。?がつくと「なぜ?」という疑問の意味に、?がつかないと「なぜなら」という意味になるそうです。以前ちょっとだけ習ったことがありました、ほとんど忘れてしまいましたが。これをタイトルにしているのは、いつでも「なぜ」を大切にしたいという気持ちからです。その気持ちが次に進む力になるのではないかと思います。きょうはたぶんこの10年でいちばんアクセスの多い一日でした。来て下さった方々に感謝します。

 風で木の葉がだいぶ落ちて、すっかり初冬の景色に変わった。10時から17時まで出張。出かけた先は職場から徒歩10分の会議場。昼には戻って弁当を食べ、それからまた出かけた。昼前に、共に行った上司から案の定課題が出され、昼食中頭を捻った。午後一で即解決したが、彼が僕にそうしたように、人が何かをやらざるを得ない状況に自然に追い込む手法を学びたい。お次の課題は何。戻ると机上は書類の山。格闘するもしきれぬままに20時。後は明日やろう。

 帰宅後ネットで、ジャーナリストの黒木昭雄氏が亡くなったことを知る。これまでの活動を考えればあまりに唐突な「自殺」。本人は以前「私は自殺なんかしません。何か遭ったら誰かに遣られたと思ってください」と話していたという。彼のブログの記事は重要な部分が何者かによって削除されていたらしい。自殺の報道には彼がどのような事件を追っていたのかについての具体的な記述は皆無だ。マスコミも挙って事実そのものを封じようとしているのだろうか。それを操っているのは何なのか。こんな一市民でさえ疑念がわき上がってくるのだ。おかしいだろうが、許せないだろうが、こんなこと。それに応えるところはないのだろうか。堪らず僕も何か呟きたくなる。

 恐ろしくて吐き気がしてくる。黒木さんの特別番組をyoutubeでみて怒りを覚えたのが数カ月前、ustreamのインタビューも見た。真実を追及する人がこんなふうに消されるなんて。某県警よ、恥ずかしくはないのか。これでもマスコミは黙っているのか。

 twitterに上がっている多くの哀悼の声、疑問の声、怒りの声。そして故人が命をかけて追いかけた事件のレポートが、番組のビデオが、駆け巡っている。権力というものに、人の命を殺めたり情報を操作したりすることはできても、一人の意志が広がり民衆が繋がっていく動きを止めることはできない。これに怯んで何も言わなくなったらだめだ。僕らができることの一つは、呟き続けることだろう。

■古典いい/Monday,1,November,2010

 写真は、先月中旬に行った岩手山の東側麓、焼走溶岩流。少しだけ日が射したときに撮ったもの。きのうの日曜日には紅葉を撮ろうかという気持ちもあったのだが、夜まで外出しなかったので撮れず。

 インターネットエクスプローラではトップページが表示できないようだ。解決を試みてもいっこうに直らない。何が悪いのかよくわからないが、firefoxやsafariなど他のブラウザでは表示できるので、こちらの問題ではなさそう。いくらページを開いても真っ白というのでは不具合の被害は大きい。一期一会の機会を奪われてしまっているかもしれないのだから。見ようとしても見ることができない状況は困る、見てもらいたくて作っているのだから。

 古典の勉強になると俄然元気になるような気がする。これまでの蓄積が十二分に活かせるから。しかも以前よりも価値が明快に理解できるので、自分自身発見があって面白い。準備もそれほどかからないし。一年中古典をやって暮せたら、こんなに楽しい仕事はないかも。