2011年12月

■雪道を走りながら/Monday,19,December,2011

 月曜日の午前中は知らぬ間に過ぎていく。昼を食べてから夕方までの時間も一気に過ぎていく。気がつくと18時半。また雪が積もり出した。さらに残ろうかとも考えていたが、雪を見たらすぐさま帰ろうという気持ちに変わった。去年までのことはわからないが、今年を見る限り、雪の多く寒い土地である。冬場はこれまでよりも時間がかかる。しかも滑って危ない。心してかからねばなるばい。

 峠道は早くも圧雪になっているところとすでに解けたところがある。ブレーキを踏んだときに、ABSががががと作動して、ラジオがその雑電波を拾う。山ゆえに道の悪いのは我慢できるが、ラジオの入りが悪いのは納得がいかない。それはもちろん山ゆえに仕方ないのであるが、気に喰わないのは、携帯電話用の鉄塔があちらにもこちらにも建っているのを見るからである。

■百年前からの狂気が/Sunday,18,December,2011

 朝にはテレビ番組を見ているうちに気分が悪くなる。明るいニュースの一つもない日曜。部屋に閉じこもって日記を書くつもりが、片付けをしているうちに昼になる。うどんを茹でて、ネギととろろを入れて食べる。うまい。昼下がりには日曜喫茶室。今年最後の放送は常連さんの勢揃い。原子力発電について、これまでのメディアでは聞けなかった、歯に衣着せぬ発言が連発。うれしい。

 夕方には用事を足しがてら、温泉に行く。湯船にけっこう長い時間浸かったためか、のぼせた。胸がトカトカするし目が回ったので布団を敷いて横になる。その間に妻が拵えてくれたおでんを食す。ちくわぶというのは食べることがなかった。ちくわとは別物だということを初めて知った。坂の上の雲、それから原発のNHKスペシャル。百年前からの狂気が今も息づいているのだ。気が滅入った。

■朝/Saturday,17,December,2011

 朝ゆっくりと家を出て、真っ白の町を走り抜け、高速道路を北に進む。実家に寄って、母を乗せて、墓地に行く。おそらくは今年最後の墓参り。ほかには誰もいなかった。実家で少し休んでから、妻を駅に送り、その後は戻って、ソファでずっと寛いでいた。世間話や旅の話をした。

 15時過ぎに家を出て、盛岡へと向かった。街は混んでいた。

■まっすぐが/Friday,9,December,2011

 ほんとうに一週間はあっという間に過ぎてしまう。今年は特に早い気がするのはどういうわけか。3月の地震以降、時間に対する感じ方が変わったのかもしれない。それは何かに急かされている感覚か。それとも、自分が何かを急いでいるということだろうか。年齢とともに早く感じられるようになるのは当然だが、それを差し引いても異常な早さ。観念の中で遊ぶ自分の独り言がぐだぐだと続く。

 先へ先へ進みたい。こんな場所に留まっていたくない。変えようとしなければ何も変わらないのに、何をどのように変えたらよいのかわからない。あるいは、他人が何かしてくれるのをただ待っているだけ。きっと求めるものの姿は決まっている。探し物はすぐそこにある。己をまっすぐに見詰めることさえできれば、自ずと手に入れられる。そんなようなもの。だがそのまっすぐが、なかなかできない。

■弱い存在/Thursday,8,December,2011

 真珠湾攻撃から70年。まだそれくらいしか経っていないことに驚く。その年月の半分以上も生きているなんて。そして、ジョン・レノンが撃たれたのは昭和55年のことだという。そのとき僕は中学生。ビートルズを知ったのはそれからしばらく後の話で、当時は何となくテレビでやっていたような気がするだけだった。それから大きな影響力のあることを知り、自分も少しは影響を受けた。

 戦争のない時代などないという。戦争をしていないようにみえても、それは近くにないだけで、視野を少し広げるとすぐに幻想だとわかる。そして、戦争状態にはない日本でさえ、平和だなどとはもう言えない。いったい何をやっているのだろう。平和運動か。ラヴアンドピースか。弱い人の立場になんて立てるのか。そんなことすら想像できないほど弱い存在だったのか。

 

■疲れる会議/Wednesday,7,December,2011

 昼食後直に出かけた。通ったことのない道を通ってたどり着いたところは非常に見晴らしの良い高台にあった。まだ成員が揃っていないにも関わらず定刻より5分も前に、その会議は始まった。理由はわからない。事務局の中でも意見が統一されておらぬようで、人によって話が食い違っていた。しかも、進めていくうちに前と違う話が次から次へと出てくる。こういうのは、疲れる。

 特に何が難しいわけでもない。段取りさえ調えば、1時間も早く終わるだろうというくらいのものである。分科会ごとに解散のはずが、最後になって全員が集合することになった。しかも、一部の人たちは解散後さらに残って話し合わなければならない事態になった。思えば前回も同じだった。こういうのが疲れる。悪いけどあまり深入りしないに越したことはなさそうだ。

 

■明日出来ることは今日やらない/Tuesday,6,December,2011

 夕刻までは遅くまで帰らないつもりでいたが、途中からもうきょうは帰ろうという気持ちに切り替わった。昨日順調に進んだので、今夜進めなければならない仕事などなかった。もちろん進めようとすればできないことはない。むしろ時間はいくらあっても足りないくらいなのだが、それでも無理はしたくなかった。以前の職場の上司が言っていた言葉を思い出す。明日出来ることは今日やらない。

 なんてものぐさな言葉かとはじめのうちは思っていたものだが、今日やる必要のないことを今日やらないということがどれほど大切なことか、少しずつ理解できるようになってきた。今日やる必要のないことをやらずに、今日やる必要のあることだけをする。人間、それでもう残り時間は終わってしまうのである。仕事ばかりの人生など面白くも何ともない。それ以外のことをもっと考えた方がいい。

 

■また月曜日/Monday,5,December,2011

 月曜日になればなったで普通に仕事に足が向く。そこに何の嫌悪も感慨も悦楽も無い。淡々と仕事をするのみである。本日締め切りの書類は朝から隙間時間を使って仕上げて、夕方に完成させた。多くの人たちは、この土日に出勤して作ったようで、今夜も帰りは最後になった。しかしそれでも19時前だった。昨年までの職場と比較しても仕方のないことだが、周囲の退勤時刻が早いのには驚く。

 どういう因果か、自分だけがその恩恵に与ることができない立場となった。おそらくそれはあと一年以上続くであろう。こういうのはいつものことで、慣れているといえば慣れている。過度な期待などもたないし、いくら酷くなっても落ち込まない。現状の一日一日が無事に暮らせたら、それで十分感謝に値すると考えよう。こうやって育てられてきたと思えば、自分など幸運だといってよい。

■日曜日のこと/Sunday,4,December,2011 

 いくつか持ち帰った仕事があったが、ほとんど手つかずのままに夜を迎えた。外に出たのはスーパーマーケットに行っただけだった。仕事の一日もそうだが、こんな日曜日もあっという間に夜になる。テレビ番組は日曜美術館の杉山寧の特集。それからコロンビア白熱教室。坂の上の雲の頃には集中力を失っていた。NHKスペシャルはいつか真っ直ぐに向き合ってみなければならない。

 右半身の感覚が鈍くなっている。左半身を刺激するとくすぐったい感じがするが、右ではしない。神経がすり減っているのか。首から上は左が痛い。喋りながら首を回して左の首の後ろに激痛が走ったことが、今年になって二、三度あった。健康面で心配な点は多い。だが、だからといって病院に行くほどの深刻さは感じない。人間ドックの希望は毎年選に漏れてばかり。今年は希望すらしなかった。

■言語技術教育に触れる/Saturday,3,December,2011

 早朝、ラジオから緊急地震速報が聞こえて慌てた。千葉県で震度4。首都直下の地震が近づいているのではないかと何の見識もない庶民は疑う。仙台にある聖ウルスラ学院の公開研究会に参加した。朝は6時半前に出て8時には到着。終了は16時を回っていたから一日研修だったことになる。風雨で寒々とした一日だったが、有意義な休みを過ごせたことには感謝。ちょっと腰が痛くなったけれど。

 つくば言語技術教育研究所の三森ゆりか所長が提唱する「言語技術」教育は、日本サッカー協会の成果からもうかがえるように、とにかく実効性のある方法であることは明らかである。それは欧米の歴史が証明しているし、日本だけがそれを避けるのならあまりに愚かだ。三森先生の言葉や実践に直に触れる機会は非常に刺激になった。腰を据えて取り組む価値あり。飽きっぽい自分ではあるけれど。

■ゆったりできる週末/Friday,2,December,2011

 きのう使った道具を返却しなければならないというので、返却先と住居の距離が近い自分がその役を頼まれた。17時過ぎには届けなければならないから、必然的に早めの退勤となった。それは内心ありがたい業務なのだが、夕方は時間がなくてかなり焦った。机上の書類をとりあえず鞄に投げ入れて、残した仕事はこの週末に片付けるべく、忘れ物だけはないようにして。

 用件はただ物品を返すだけなのですぐに済み、その後は車に給油して、農協とコンビニに寄って買い物をして、帰宅すると18時。缶ビールを少し飲むと酔っぱらって身体の動きが鈍くなった。翌朝も早いからと何もせずに就寝。仕事人としては密度が薄い時間だが、家庭人としてはその逆。金曜日の夜だったら、どの家庭でも働き手は早めに帰宅して、皆で夕食を食べてゆったりできるようでありたい。

■ベストポジション/Thursday,1,December,2011

 10分とか30分とか、仕事の中での隙間時間を使うとかなりのことが進む。そうやって上の人たちは朝のうちから夕刻早く帰る算段をつけているのだろうか。かなりのことを進めながらなおかなりのことをしなければならないと感じるのは損な性分かもしれぬ。しかし、割り切らねばならないこともある。本日の仕事終了は21時。そこから車で45分。この時間に飯を食わせる店はすべて閉まっているから、コンビニで夕飯を買って、道の駅でそれをかっ込み、帰宅すれば22時。

 いよいよ師走に入った。時間が流れるのは早いので、すぐに月末は訪れる。動かずに待つより、何かしているほうが、知らず知らずのうちに手に入っているということは多い。走る必要はないが、ゆっくりとでも動き続けていたい。安定とは動かぬことではなく、周囲との平衡を保ちながら良い場所に絶えず移動し続けるということ。誰でもなく自分にとってのそれがベストポジションということだろう。